【今回深掘りする原理のみ言】
人間は成長期間のどの段階で堕落したのだろうか。それは長成期の完成級で堕落したのであった。これは、人間始祖の堕落の前後の諸般の事情と、復帰摂理歴史の経緯が実証するもので、本書の前編と後編を研究することによって、そのことが明確に分かるようになるであろう。(『原理講論』p78)

 

「人間の堕落が長成期完成級で起きたといえる理由①」では、人間始祖の堕落の前後の諸般の事情について深掘りしました。

その結果、アダムとエバが堕落したとき、少なくとも長成期の段階までは成長し、完成期の段階には到達していなかっただろうということが分かりました。

今回は、復帰摂理歴史の経緯について深掘りし、人間の堕落が長成期完成級に起きたと言える理由を考察してみることにします。

アダムとエバの堕落と終末

「統一原理」では、終末について「サタン主権の罪悪世界が、神主権の創造理想世界に転換される時代を終末(末世)という」(『原理講論』p147)と定義しています。

そして、この時期にどのような現象が起き、またいつが終末だったのかについて『原理講論』には次のように記述されています。

善悪二つの主権の歴史路程が交差するときを終末という。そしてさらにこのときは、アダムとエバが堕落した長成期完成級の時期を、蕩減復帰するときであるから、あたかもエデンの園の人間始祖が、どこに中心をおくべきかを知らずに、混沌の中に陥っていったように、いかなる人間も思想の混乱を起こして、彷徨するようになるのである。復帰摂理路程において、このように終末を迎えて、善悪二つの主権が交差していたときは、幾度かあった。既に述べたように、ノアのときやイエスのときも終末であった。(『原理講論』p164)

 

つまり、終末とは、善悪二つの主権が交差し、アダムとエバが堕落した長成期完成級の時期を蕩減復帰する時だということです。

そして、ノアの時代とイエス様の時代が終末だったということですから、この時代から「復帰摂理歴史の経緯」について考察してみましょう。

40日洪水審判後の鳩の摂理

『原理講論』のp306に、「四十日が終わるときに、箱舟を中心として見せてくださった行事は、神が天地創造を完了されたあとの全歴史路程を象徴的に表示されたもの」とあります。

ですから、40日の洪水審判が終ったあとに、ノアが箱舟から鳩を放ったという一連の出来事も、アダムとエバの成長と堕落を象徴するものと考えることができます。

ノアは最初の鳩を放ったあと、その7日後、そしてさらにその7日目に箱舟から鳩を放っていますが、この結果がどうなったかについて確認してみましょう。

【2番目の鳩】
七日を経て、ノアは再び鳩を放った。けれども、そのときにも、やはり水が乾ききっていなかったので、地上にとどまることはできなかったが、しかし、その次にはとどまることができるという表示として、オリーブの若葉を口にくわえて、再び箱舟に帰ってきたのである(創八・10、11)。(『原理講論』p307)【3番目の鳩】
更に七日待って、ノアは、三番目の鳩を放った。このときは、既に水が乾いていたので、再び鳩は箱舟に帰ってこなかったと記録されている(創八・12)。(『原理講論』p308)

 

このように、2番目の鳩は箱舟に戻ってきてしまいましたが、水位が下がってきている証としてオリーブの若葉をくわえていました。

そして、3番目の鳩が箱舟に戻らなかったことから、このときには地上の水が乾いていたわけです。

『原理講論』のp369に「黙示録一七章15節には、この罪悪世界を水に例えているのである。我々がこの俗世界を苦海と呼ぶのも、このような通念から生じてきたものと見ることができる」とあります。

このことから、地上が水で覆われているというのは、地上が悪主権の世界になっていることを意味しています。

そして、三羽の鳩のうち、14日目に放たれた2番目の鳩は、地上にとどまることはできませんでしたが、地上の水位が下がったため、オリーブの若葉を口にくわえて戻ってきました。

これは、地上から悪主権が後退していき、善主権に転換されつつあることを意味しています。

つまり、地上において善と悪の二つの主権が交差し、善の主権に移りつつあったので、この時が終末だったことになります。

日数的にみると、ノアが鳩を放った21日路程の14日目のことですから、ちょうど長成期完成級の時期です。

このような40日洪水審判後の鳩の摂理から、アダムとエバの堕落も、全成長期間の3分の2の時期である長成期完成級で起きたと言うことができます。

イエス様が降臨された時期

イエス様が地上に来られた時期について、『原理講論』の以下の内容から考えてみたいと思います。

 四十日サタン分立期間をもって「信仰基台」を復帰するための摂理が、継続的なサタンの侵入によって延長を重ねてきた、アダム以後四〇〇〇年の復帰摂理歴史の縦的な蕩減条件を、この歴史の最終的な一時代において、横的に蕩減復帰するために、メシヤ降臨準備時代があったのである。
 それゆえに、この時代を、実体的な同時性をもって蕩減復帰するためには、アダムから始まる六〇〇〇年の復帰摂理歴史の縦的な全蕩減条件を、この歴史の最終的な一時代において、横的に蕩減復帰するためのメシヤ再降臨準備時代がなければならない。(『原理講論』p482)

 

このように、「統一原理」では、アダムから再臨主までの復帰摂理歴史を6000年としています。

そして、アダムからイエス様が降臨されるまでの復帰摂理歴史を4000年としています。

ですから、イエス様が地上に来られた時期も、全復帰摂理歴史の中で3分の2の時期なので、長成期完成級になります。

イエス様が全復帰摂理歴史の長成期完成級で降臨されたことから見ても、アダムとエバの堕落が長成期完成級で起きたことを示しています。

イエス様が十字架で亡くなられた時期

イエス様の時代に摂理された世界的カナン復帰路程も、イスラエル民族の不信により第1次から第3次まで延長されました。

それでは、イエス様が十字架で亡くなられたのは、第1次から第3次の世界的カナン復帰路程のどの段階で起きたのでしょうか?

『原理講論』から第3次世界的カナン復帰路程が霊的路程として出発するようになった理由について記述されているところを引用してみましょう。

世界的カナン復帰路程におけるユダヤ民族の信仰の対象は、幕屋の実体として来られたイエスであったので、その弟子たちまでが不信に陥ってしまうと、もうその信仰を挽回する余地はなく、イエスが、「モーセが荒野でへびを上げたように、人の子もまた上げられなければならない」(ヨハネ三・14)と言われたみ言のとおり、その肉身は十字架につけられ、死の道を歩まなければならなくなったのである。このように、ユダヤ民族は、霊肉を併せた信仰の対象を失った結果、第三次世界的カナン復帰路程は、第三次民族的カナン復帰路程と同じく、直接、実体の路程としては出発することができず、したがって、第二イスラエルであるキリスト教信徒たちが復活されたイエスを、再び信仰の対象として立てることをもって、まず、霊的路程として出発するようになったのである。(『原理講論』p421~2)

 

この記述から、イエス様が十字架で亡くなられたのは、第3次世界的カナン復帰路程の前であり、第2次世界的カナン復帰路程の最後だということが分かります。

この時が、神様に対する信仰を守るかそれとも奪われるかという、イエス様とサタンのあいだで、熾烈な善悪の闘争が展開するという、正に終末だったわけです。

ですから、イエス様が十字架で亡くなられた時期も、全世界的カナン復帰路程の中で3分の2の時期なので、長成期完成級になります。

したがって、イエス様が十字架で亡くなられた時期から見ても、アダムとエバの堕落が長成期完成級で起きたことが分かります。

まとめ

ここまで人間の堕落が長成期完成級だったことを、人間始祖の堕落の前後の諸般の事情復帰摂理歴史の経緯から考察してみました。

人間始祖の堕落の前後の諸般の事情からアダムとエバの堕落は成長期間の長成期で起きたこと、そして復帰摂理歴史の経緯から、長成期の中でも完成級の段階でそれが起きたことが分かりました。

アダムとエバが長成期完成級でサタンに誘惑され、知的に惑わされ、情的に混沌となったように、この長成期完成級、つまり終末のときには、善と悪の激しい闘いが起き、心も不安定になりますし、現実の環境も混乱状態に陥ります。

サタンおよびその勢力は、この長成期完成級の時期に私たち人間に対して総攻撃をしかけてくるわけです。

その時が、私たち一人ひとりが自分自身の個人路程で、アダムとエバの失敗を蕩減復帰しなければならない時なのです。

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