【今回深掘りする原理のみ言】
 神は被造世界の創造と、その経綸のために、先に天使を使いとして創造された(ヘブル一・14)。天使はアブラハムに神の重大な祝福のみ言を伝えたのであり(創一八・10)、キリストの受胎に関する消息を伝えたり(マタイ一・20、ルカ一・31)、獄中で鎖につながれていたペテロを解いて、城外に導いたのである(使徒一二・7〜10)。
 このほかにも、神のみ旨のために天使が活動している例は、聖書の中に、無数に探しだすことができる。それゆえに、黙示録二二章9節では、天使が自分自身を「僕」と言い、またヘブル書一章14節においては、天使を「仕える霊」と記録しているのである。(『原理講論』p106)

 

 「統一原理」は、神様が僕として天使を創造されたと説明しています。

 それでは、すべての被造物が二性性相からなっているのであれば、その天使の相対問題はどうなっているのでしょうか?

 今回は、文鮮明先生のみ言から神様と人間と天使世界の関係、そして天使の相対問題について考察します。

 神様と人間と天使の立場

 冒頭にあるみ言のように、天使は僕として創造されたのですが、文鮮明先生は、天使の立場について次のようにも語られています。

 神様の霊的弟の形態でつくられたものが天使世界です。天使と神様が一つになってアダムをつくりました。天使というものは神様の弟の立場です。一段階低いのです。(『文鮮明先生御言選集』 601-289 2008.11.10)

 

 霊的弟の立場として創造された天使と神様が一つになってアダムをつくったとあります。

 ところが、ルーシェル天使長がアダムを堕落させることによって、創造主である神様の立場を奪い、神様からアダムを奪って被造世界を支配するようになりました。

 これは、弟の立場だった天使長が兄の立場を奪ったということになりますので、長子権復帰の摂理はこれを蕩減復帰する摂理と考えることもできます。

 また、文鮮明先生はアダムについて「神様の弟であり、神様の息子です。弟の立場で育ち、神様の息子、娘になる」(『文鮮明先生御言選集』 601-289 2008.11.10)というみ言も語られています。

 ですから、アダムも天使と同じ弟の立場でつくられましたが、成長して完成すれば神様の息子になるということです。

 そして、そのとき天使はアダムに対して僕の立場になり、神様と人間と天使の父と子と僕という創造本然の立場が確定することになっていたと考えることができます。

 それでは、その僕である天使に女性の天使が存在しているのかという天使世界の相対問題について考えてみましょう。

 女性天使の存在有無と天使世界の相対問題

 次のみ言は、文鮮明先生とある教会員との間で交わされた天使に関する質疑応答の場面です。

 (「天使長は男性のような姿をしていますか、女性のような姿をしていますか?」)。男性だから愛するエバを誘引したのです。ルーシェルは男性の天使長です。天使長は男性としてつくられたのです。レベルが低いだけです。(「女性の天使はいますか?」)。女性の天使がいれば、女性の天使とペアを組んでいます。女性の天使長はつくりませんでした。今後、アダムとエバが完成すれば、天使長とペアを組む相手をつくってあげるのです。(「それでは、まだ創造がすべて終っていないのですか?」)。そうでしょう。まだ終っていません。(『文鮮明先生御言選集』 328-71 2000.7.31)

 

 このように、文鮮明先生は、女性の天使は創造されていないと明言されていらっしゃり、さらに次のようにも語られています。

 天使も夫婦をつくったのですか? 清平では今、天使も夫婦をつくったと考えています。興進君もそのように考えるのです。それでは、先生がそれについていかなければなりませんか、先生を中心としてついてこなければなりませんか? 興進君も先生についてきながら学ばなければなりません。
 理論的に尋ねてみれば答えることができません。理論に食い違うそのような創造はしていないのです。そのようにしたのなら、堕落した実体圏の人類始祖を祝福するよりも、天使世界を祝福すればどれほどよいですか? どれほど早いでしょうか? そうではないですか?
 先に天使世界でそれをしたのなら、愛の理想が先に天使世界で成し遂げられた、ということになるのです。その愛の質は違うでしょうか? 質は同じですが、階級が違うでしょう? 階級をひっくり返したので、日の光が真っ黒になり得るのです。
 そのような意味で、天使が(先に)結婚すればどうなりますか? 「ゴミ箱のような世の中の女性たちとしてあげるかもしれない」、(先生が)このような話をしていたと言って、「先生がゴミ箱のような女性たちと天使とを結婚させてあげる」と言っています。こいつ! うわさを立てて……。それは皆さんが心配することではありません。(『文鮮明先生御言選集』 365-96 2002.1.5)

 

 このみ言は2002年に語られたみ言ですが、当時の清平でも、霊的存在の天使には男性の天使と女性の天使がいると認識していたことが分かります。

 そして、そこからさらに神様に対しても同じように考え、父なる神様と母なる神様という二元論の神観に発展していったことは、今なら容易に推察することができます。

 また、み言の最後にあるように、「天使と人間の女性の祝福」についても、文鮮明先生のみ言を誤って解釈したところから始まったと見ることができます。

 ではなぜ女性の天使がいると思ってしまうのでしょうか? このことについては次のようなみ言があります。

 天使たちは、男性の天使が女性の天使としていくらでも現れることができます。霊界はそうです。美男子が美女の姿で現れることができます。思い通りにできるのです。ですから、女性がいるからといって、天使世界も女性をつくったと言うことはできません。(『文鮮明先生御言選集』 365-96 2002.1.5)

 

 このみ言から霊的存在の天使は、男性の姿でも女性の姿でも現れることができるため、女性の天使がいると考えてしまうということになります。

 文鮮明先生は、ロトの家に来た2人の天使の例をあげて次のようにも語られています。

 ソドムとゴモラに2人の天使が来たとき、女性のような姿で来たのですが、美しいので女性だと思い、ロトの家に来て「その女性を出せ」とその部落が騒ぐので自分の娘を差し出したのです。(※注)ロトは、これは男性だからと娘を好きなようにしなさいと差し出しましたが、彼らが嫌だと騒いだので(天使が彼らの)目をくらませたのです。(『文鮮明先生御言選集』 479-79 2004.12.3)(下記※注参照)

 

 それでは、女性の天使がいないとすれば、天使世界の相対理想が実現するときはあるのでしょうか? 文鮮明先生は、天使世界の相対理想について次のように語られています。

 ルーシェルは天使長です。僕です、僕。まだ創造が終っていないのです。アダムとエバの愛の理想を成し遂げたのちには、天使世界も相対理想がすべて成し遂げられるのです。(『文鮮明先生御言選集』 182-147 1988.10.16)

 真の父母と内的神様が愛の主人となって一つになり、その基盤の上に彼らの一つの国を成し遂げた、その次から天使世界の相対理想が下りていくのです。(『文鮮明先生御言選集』 601-289 2008.11.10)

 

 このように、アダムとエバが愛の理想を成し遂げ、神様中心の一つの国を実現して、初めて天使世界の相対理想が始まるということです。

 天使世界の相対問題はアダムが解決すべき問題

 そして、このような天使世界の相対問題を解決する権限をもつのは、アダムとして来られたメシヤのみとなります。

 (女性の天使を)つくったのなら、ルーシェル天使長は、誰よりも先につくられた女性の天使とペアを組んでいたはずです。ペアを組んだのなら、(女性の天使は自分の)夫がエバと近くなるとき、毎日のようについてまわるのを見て、それを放っておくだろうかというのです。そうであれば、堕落していないかもしれません。そのような問題をどのように解決しますか?(中略)このように見るとき、その問題も先生が処理しなければならない問題です。(『文鮮明先生御言選集』 365-96 2002.1.5)

 それ(天使の相対問題)は、皆さんが心配することではありません。神様と先生が解決する問題です。興進君が解決する問題ではありません。清平が解決する問題ではありません。大母様、訓母様が解決する問題ではありません。分かりますか? 伝統を正しく知りなさいというのです。(『文鮮明先生御言選集』 365-96 2002.1.5)

 

 天使世界の相対問題は神様とメシヤの専権事項ですから、子女の立場の私たちが考えることではないと言えます。

 まとめ

 以上のみ言から考察できることは、神様はご自分の霊的弟の立場で男性の天使を創造され、ご自身の実体の息子、娘であるアダムとエバが愛の理想を完成したのち、神様とアダムが共同して天使世界の相対問題を解決することで、すべての創造が完了するはずだったということになります。

 このような創造過程を経ることで人間が神様の創造に加担し、神様の創造性と主管性を完全に相続して、神様と同じ創造主の立場に立つことができるわけです。

 『原理講論』にも、これが人間と万物の違う点であるとして次のように明記されています。

 人間がそれ自身の責任分担を完遂して初めて完成されるように創造されたのは、人間が神も干渉できない責任分担を完遂することによって、神の創造性までも似るようにし、また、神の創造の偉業に加担させることによって、ちょうど創造主である神が人間を主管なさるそのごとくに、人間も創造主の立場で万物を主管することができる主人の権限をもつようにするためであった(創一・28)。人間が万物と違う点は、正にここにあるのである。(『原理講論』p79)

 

 創造性と主管性の能力と資格をもつのは、神様と責任分担を全うして完成した創造本然の人間だけです。

 万物の中で天使が最もレベルが高く、最も神様と人間に近い存在であることを考えれば、三大祝福の万物主管完成は、人間が愛の理想を成し遂げ、神様と共に天使世界の相対理想を実現することによって成就すると見ることができるのではないでしょうか。

 

【編集後記】

 今回は、天使世界の相対問題に焦点を当てて、神様と人間と天使世界の関係について考察してみました。

 次の課題としては、「人間が愛の理想を成し遂げて愛の主人となり一つの国を成し遂げる」とは具体的にどういうことで、それはいつなのか、ということですね。

 上記のみ言から推察すると、天の三大王権が完成し、天一国として一つの国が復帰されたときと考えることができそうですが、今後さらに復帰摂理が進展し、条件が立てられれば、これに関する真理も明確になると信じます。

 

※注
 「主は、自分たちの地位を守ろうとはせず、そのおるべき所を捨て去った御使たちを、大いなる日のさばきのために、永久にしばりつけたまま、暗やみの中に閉じ込めておかれた。ソドム、ゴモラも、まわりの町々も、同様であって、同じように淫行にふけり、不自然な肉欲に走ったので、永遠の火の刑罰を受け、人々の見せしめにされている。」(ユダ書6~7節)

 このユダ書にある「不自然な肉欲」について、キリスト教界では次の四つの解釈があります。

 ①同性愛
 ②天使と人間の性関係
 ③偶像崇拝
 ④性的な意味合いとは無関係

 このように、ソドムとゴモラで横行していた「不自然な肉欲」については、必ずしも同性愛とだけ解釈されているわけではなく、英語圏の聖書研究者は①の同性愛説、ドイツ語圏の聖書研究者は②の天使と人間の性関係と解釈する傾向が強いようです。

 

 

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 家庭連合へ
にほんブログ村
にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

Print Friendly, PDF & Email