【成約時代の摂理的同時性の原理的根拠】
イエス再臨以後の復帰摂理完成時代は、成約のみ言によって、天宙的な摂理をすることにより、「メシヤのための天宙的基台」を完成しなければならない時代であるので、この時代を「メシヤのための天宙的基台摂理完成時代」という。(『原理講論』p286)

 

上記のみ言のように、再臨のメシヤが降臨されてからの時代は、「メシヤのための天宙的基台」を完成しなければならない時代です。この時代を「成約時代の摂理的同時性」として解明していきます。

第1章では、まず「成約時代の摂理的同時性」の総論として、その概要について解説します。

第1節 摂理的同時性の時代は今も継続している

最初に『原理講論』から摂理的同時性の時代について確認しておきましょう。

同時性とは、何であろうか。人類歴史の過程を調べてみれば、たとえその程度と範囲の差はあっても、過去のある時代に起こったこととほとんど同じ型の歴史過程が、その後の時代において反復されている、という事実が、多く発見されるのである。歴史家たちは、このような歴史的現象を見て、歴史の路程は、ある同型の螺旋上を回転しているといっているが、その原因がどこにあるかは全然知らないのである。このように、ある時代がその前の時代の歴史路程とほとんど同じ様相をもって反復されるとき、そのような時代を摂理的同時性の時代というのである。(『原理講論』p435)

 

再臨のメシヤは第3アダムの立場なので、三段階原則によってその時代にみ旨が成就するため、これ以上の歴史の延長や反復はないと考える方もいるかもしれません。

ただ、それは人間の責任分担が完遂され、地上天国が実現することが前提となっています。

本来ならイエス様の時代に神様のみ旨は成就するはずでしたが、人間が責任分担を完遂できずに摂理は延長しました。

『原理講論』の終末論では、このことについて次のように説明しています。

復帰摂理路程において、このように終末を迎えて、善悪二つの主権が交叉していたときは、幾度かあった。既に述べたようにノアのときやイエスのときも終末であった。故に、この二つの主権が互いに交叉していたのである。しかしそのたびごとに、人間はその責任分担を完遂できず、悪主権を全滅することができなかったので、神は主権分立の摂理を再びなし給わなければならなかった。従ってイエスの再臨期に、今一度、二つの主権の交叉があるのである。(『原理講論』p164)

 

ですから、再臨のメシヤの時代にも、もし人間の責任分担が完遂されなければ、み旨の対する予定は絶対的なので、神様の復帰摂理は延長されてしまうはずです。

そして、冒頭のみ言のように、再臨のメシヤの時代は、「メシヤのための天宙的基台」を完成しなければならない時代です。

もしこの基台が完成していれば、再臨のメシヤはこの基台の上で、すでに地上天国を実現しているはずです。

ところが、『原理講論』のp599に「イエスの初臨のときと彼の再臨のときとは、摂理的な同時性の時代である。それゆえに、今日のキリスト教を中心として起こっているすべての事情は、イエス当時のユダヤ教を中心として起こったあらゆる事情にごく似かよっている」とあります。

このように、再臨のメシヤと、第二イスラエルのキリスト教がいまだ一つになっていないとすれば、摂理的同時性の時代は今も継続しているとみなければならないでしょう。

「メシヤのための家庭的基台」を復帰する旧約前の時代では、アダム家庭、ノア家庭、アブラハム家庭を中心とする復帰摂理が展開され、アブラハムの時代は三度目の摂理でした。

しかし、アブラハムを中心としてはみ旨が成就されずに摂理が延長され、ヤコブのときに「メシヤのための家庭的基台」を造成することができました。

そのため、復帰摂理の観点から見たとき、アブラハムとイサクとヤコブの三代は一体と見なし、ヤコブの勝利はアブラハムの勝利となります。

ゆえにアブラハム、イサク、ヤコブは、み旨を中心とした側面においては、アブラハム一人のように見なければならない。したがって、そのみ旨は、アブラハム一代において成就されたと同じ立場であったのである。出エジプト記三章6節に、神が「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」と言われたのは、このような観点から、彼ら三代は一体であるという事実を立証されたといえるのである。(『原理講論』p442)

 

このような三代が一体となってみ旨を成就するという原則は、再臨主を中心とする復帰摂理でも同じように適用されます。

第2節 天の勝利圏とは蕩減期間の短縮

復帰摂理において立てられた中心人物が、その責任分担を完遂できないとき、段階としては三段階で摂理が延長するのですが、蕩減する期間はどのような数理的原則によって延長されるのでしょうか?

この蕩減期間の延長の原則について、『原理講論』では次のように説明されています。

四十数を蕩減復帰する摂理が延長されるときには、それが十段階原則による蕩減期間を通過しなければならないので、四十数は十倍数による倍加原則に従って、四〇〇数、または、四〇〇〇数に延長されるのである。この原則に相当する例を挙げれば、ノアからアブラハムまでの四〇〇年、エジプト苦役四〇〇年、アダムからイエスまでの四〇〇〇年などがそれである。(『原理講論』p448)

 

一つの摂理が失敗すると、倍加原則によって蕩減期間が10倍になってしまうわけです。

それでは、反対に摂理が成功した場合はどうなるかというと、この蕩減期間が短縮されるのです。

例えば、アダムから4000年後にイエス様が降臨されましたが、イエス様の霊的勝利によって、その再臨は2000年後になりました。

アダムから4000年というのは摂理的な概数ですから、実際には数万年と考えられますので、再臨までの2000年というのは10分の1以下になったと言えます。

この天の勝利圏によって蕩減期間が短縮されることについて、文鮮明先生のみ言がありますので紹介します。

 神様は、7000年の歴史を中心として歩まれてきましたが、すべての宗教は700年を歩んでいきます。700年の運勢が時を迎えれば、それが三段階に展開されて2000年の運勢を中心として歩んでいくので、旧約の歴史も2000年です。2000年の歴史が続いてきたのです。それは、必ず一段階ごとに新しく入れ替わります。
 このように、神様を中心として見てみるときは、7000年の恨の道を歩まれたのであり、宗教は700年の歴史を中心として歩みます。したがって、キリスト教が勝利していれば、イエス様の再臨も、最初の700年の期間に成し遂げられていたでしょう。それができなかったので、イスラームのシーア派のように、異邦民族の宗教が再臨思想をもって出てきたのです。
 このように宗教は700年の運勢を中心として歩むのですが、召命された預言者たちは、個人的に70年の運勢に乗って歩みます。したがって、神様は7000年の恨の道を行かなければならないのであり、宗教は700年の恨の道を行かなければならないのであり、人間は70年の恨の人生の道を行かなければなりません。
 それでは、70年の恨の人生の道をどのように行かなければならないのでしょうか。自由に結婚生活をしてはいけません。恨の道を行かなければならないので、結婚生活をしてはいけないのです。それは神様が最も願わないことなので、70年間独身生活をしなければなりません。それで、次元の高い宗教であるほど、独身生活を主張したのです。
 70年の運勢を経て成し遂げた基盤の上に、主が来られるようになっています。それでは、主が来られて何をするのでしょうか。この地に来て、70年の運勢を7年に短縮するのです。ですから、7000年の恨の道が、宗教が出てくることによって700年に短縮され、700年の運勢が70年に短縮され、70年の運勢が、希望の一時が訪れることによって7年に短縮されるというのです。(『文鮮明先生御言選集』20-330 1968.7.14)

 

このように、神側の中心人物たちが勝利することによって、蕩減期間が10分の1に短縮されるのです。

次に、復帰摂理路程を歩む私たちにとって、なぜ蕩減期間の短縮が大きな恩恵なのかを考えてみましょう。

第3節 蕩減期間の短縮がなぜ恩恵なのか

旧約時代まではエジプト苦役400年など、数百年単位で一つの蕩減期間が成立していました。

そうなると、中心人物が失敗してみ旨成就の好機を逃すと、数世代あとに再びみ旨成就の時を迎えることになるので、前回の失敗を教訓として自らの責任分担を完遂することは大変困難です。

しかし、これが天の勝利圏によって400年が40年に短縮された場合はどうでしょうか?

一生が70年から80年として、1人の人物が人生の中で一度か二度、み旨成就の時を迎えることができます。

例えば、20代で失敗して40年の蕩減路程を歩んだ場合は、60代でもう一度チャンスが訪れます。

そうなれば、本人自身が前の失敗を経験しているわけですから、蕩減期間が400年のときよりも勝利できる可能性が高くなります。

さらに、40年が4年に短縮されれば、人生の中で何度も再チャレンジできることになるのです。

このように、蕩減期間が短縮されればされるほど、蕩減復帰できる機会が何度も訪れることになるので、前回の失敗を本人自身が教訓とし、自らの責任分担を完成できる可能性が高くなるわけです。

ですから、復帰摂理路程を歩む私たちにとって、蕩減期間が短縮されることは、この上ない天の恩恵なのです。

この天の恩恵について『原理講論』では次のように記述されています。

復活摂理の歴史において、その使命的な責任をもった人物たちが、たとえ彼ら自身の責任分担を完遂できなかったとしても、彼らは天のみ旨のために忠誠を尽くしたので、それだけ堕落人間が、神との心情的な因縁を結ぶことができる基盤を広めてきたのである。したがって、後世の人間たちは、歴史の流れに従い、それ以前の預言者や義人が築きあげた心情的な基盤によって、復帰摂理の時代的な恩恵をもっと受けるようになるのである。したがって、復活摂理は、このような時代的な恵沢の上に立ってなされるのである。(『原理講論』p216)

 

この「時代的な恵沢」の一つこそ、天の勝利圏による蕩減期間の短縮なのです。

 

このような蕩減期間短縮の恩恵を理解するのに参考になるのが「オール・ユー・ニード・イズ・キル」というSF映画です。

この映画の主人公(トム・クルーズ)は、戦場で死ぬたびにタイムループし、ある過去の一時に戻って同じ歩みを繰り返します。

そして、前回死んでしまった理由と状況を覚えているので、次のときはその危険を回避して生き延びるのです。

それを何度も繰り返しながら、最終的には目的を果たすというストーリーになっています。

また、この映画の中で主人公は、少なくとも300回以上のタイムループを繰り返しています。

そのたびに死への恐怖や同僚たちが死んでいく姿を目の当たりにすることで、彼は精神的な葛藤を経験します。

この主人公の姿を見ながら、神様がこれまで数え切れないほど復帰摂理を繰り返されてきたときの心情の一旦を知ることができる内容にもなっています。

それでは、次に「成約時代の摂理的同時性」の全体図について説明したいと思います。

第4節 「成約時代の摂理的同時性」全体図の概要

(1)メシヤのための基台の範囲から見た時代区分

「統一原理」では、アダムから現在までの人類歴史全体を、「メシヤのための基台の範囲」という観点から次のように区分しています。

③信仰の期間を蕩減復帰する摂理から見た時代区分

(イ)アダムからアブラハムまでの二〇〇〇年期間は、サタンに奪われたこの期間を、アブラハム一人を立てることによって、天のものとして蕩減復帰し得る、旧約時代のための基台をつくった時代であったので、この時代を「蕩減復帰基台摂理時代」という。

(ロ)アブラハムからイエスまでの二〇〇〇年期間は、アブラハムの献祭の失敗によって、サタンに奪われたアダムからの二〇〇〇年期間を、イスラエル民族を中心として、再び天のものとして蕩減復帰する時代であったので、この時代を「蕩減復帰摂理時代」という。

(ハ)イエスからその再臨期までの二〇〇〇年期間は、イエスが十字架で亡くなられることによって、サタンに奪われるようになった旧約時代の二〇〇〇年期間を、キリスト教信徒たちを中心として、天のものとして再蕩減復帰する時代であったので、この時代を「蕩減復帰摂理延長時代」という。

(ニ)イエスの再臨以後の復帰摂理完成時代は、サタンに奪われた復帰摂理の全路程を、天のものとして完全に蕩減復帰する時代であるので、この時代を「蕩減復帰摂理完成時代」という。(『原理講論』p284~5)

 

④メシヤのための基台の範囲から見た時代区分

(イ) アダムからアブラハムまでの二〇〇〇年期間は、献祭によってアブラハムの家庭一つを立てることにより、「メシヤのための家庭的基台」を造成した時代であったので、この時代を「メシヤのための家庭的基台摂理時代」という。

(ロ) アブラハムからイエスまでの二〇〇〇年期間は、旧約のみ言によってイスラエル民族を立てることにより、「メシヤのための民族的基台」を造成する時代であったので、この時代を「メシヤのための民族的基台摂理時代」という。

(ハ) イエスからその再臨期までの二〇〇〇年期間は、新約のみ言によって、キリスト教信徒たちを世界的に探し求めて立てることにより、「メシヤのための世界的基台」を造成する時代であったので、この時代を「メシヤのための世界的基台摂理時代」という。

(ニ) イエス再臨以後の復帰摂理完成時代は、成約のみ言によって、天宙的な摂理をすることにより、「メシヤのための天宙的基台」を完成しなければならない時代であるので、この時代を「メシヤのための天宙的基台摂理完成時代」という。(『原理講論』p285~6)

 

このように、今までの人類歴史は、「メシヤのための基台」を家庭から民族、世界、天宙へと、その範囲を広げてきた歴史としています。

そして、再臨のメシヤが降臨した以後の時代は、「メシヤのための天宙的基台」を完成しなければならない時代となります。

したがって、「成約時代の摂理的同時性」は、この「メシヤのための天宙的基台摂理完成時代」が具体的な現象としてどのように展開しているのかを明らかにしたものです。

(2)蕩減復帰摂理完成時代(成約時代)の選民

『原理講論』のp246に「神の創造がそうであるように、神の再創造摂理である救いの摂理も、一時に成し遂げるわけにはいかない。一から始まって、次第に、全体的に広められていくのである」とあります。

それでは、神様が「メシヤのための基台」を造成する摂理をどのように展開していかれるのか、『原理講論』から引用してみます。

人類歴史は、数多くの民族史を連結するというかたちで発展してきた。ところで、神は、その中で、ある民族を特別に選ばれて、「メシヤのための基台」を造成する典型的な復帰摂理路程を歩ましめることによって、その民族が天倫の中心となり、人類歴史を指導し得るように導いてこられたのである。このような使命のために選ばれた民族を選民という。(『原理講論』p466)

 

このように神様は、多くの民族の中から一つの民族を選ばれ、その民族に「メシヤのための基台」を造成する路程を歩ませるのです。

したがって、「統一原理」の摂理的同時性は、その選ばれた民族の歴史を中心史料として構成されています。

それでは、蕩減復帰摂理時代(旧約時代)と蕩減復帰摂理延長時代(新約時代)の選民とはどの民族なのかを確認してみましょう。

【蕩減復帰摂理時代(旧約時代)】

ヤコブは、このような路程をたどって、カナンへ帰ってきたのち、初めて、「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てたので、サタンを屈伏させる典型路程において成功したのである。この典型路程に従って、モーセも、イエスも歩まれ、イスラエル民族も、また行かなければならなかった。ゆえに、イスラエル民族史は、サタンを民族的に屈伏させてきた典型路程の史料となるのである。イスラエル民族史が、復帰摂理歴史の中心史料となる理由もここにあった。(『原理講論』p337)

【蕩減復帰摂理延長時代(新約時代)】

イエスから始まった復帰摂理延長時代の摂理をなしてきた中心民族は、イスラエル民族ではなく、彼らがなし得なかった復帰摂理を継承したキリスト教信徒たちであったのである。したがって、キリスト教史が、この時代の復帰摂理歴史の中心史料となるのである。このような意味において、旧約時代のアブラハムの血統的な子孫を第一イスラエルというならば、新約時代のキリスト教信徒たちは、第二イスラエルとなるのである。(『原理講論』p466-7)

 

このように、旧約時代の選民とは、割礼によって聖別されたイスラエル民族であり、新約時代の選民とは、洗礼と聖餐式によって霊的に重生したキリスト教信徒たちです。

では、「メシヤのための天宙的基台」を完成しなければならない蕩減復帰摂理完成時代(成約時代)の選民、つまり第三イスラエルとは誰なのでしょうか?

文鮮明先生は、第三イスラエルに関連して次のように語られています。

今日、歴史的路程において、最も重要なこととは何かというと、選民圏が生じたということです。この時代になり、世界的途上において、蘇生、長成、完成の三段階基盤と連結させようというのです。イスラエル民族は蘇生級、キリスト教は長成級、そして統一教会は完成級です。イスラエル圏を中心としたものが旧約時代ならば、キリスト教は新約時代であり、統一教会は成約時代です。(『文鮮明先生御言選集』226-275 1992.2.9)

 

このことから、蕩減復帰摂理完成時代(成約時代)の選民とは、再臨のメシヤに従う信徒たち(統一教会信徒)を意味していることになります。

さらに、その統一教会信徒たちの中でも、再臨のメシヤの祝福によって霊肉共に重生した祝福家庭たちが中心であり、彼らが歩んだ歴史が成約時代の中心史料となります。

(3)縦的に加重された摂理が横的に展開する成約時代

蕩減復帰原理には、復帰摂理の中心人物が立てる蕩減条件について次のような原則があります。

復帰摂理を担当した中心人物は、縦的な蕩減条件をみな横的に蕩減復帰しなければならないので、摂理歴史が延長されるにつれて、復帰摂理を担当する後代の人物が立てるべき横的な蕩減条件は、次第に加重されるのである。(『原理講論』p451)

 

成約時代は、単純にそれまでの歴史を繰り返すのではなく、蕩減復帰摂理を完成する時代なので、旧約前、旧約、新約の縦的な蕩減条件を一時に横的に蕩減復帰する時代です。

そのため、次のような複数の重層的な摂理が同時進行していく時代となります。

1.再臨主(真の父)を中心とする全体摂理
2.新婦(真の母)を復帰する摂理

3.選民を中心とする内的復帰摂理(宗教分野)
4.選民を中心とする外的復帰摂理(政治・経済分野)

新約時代の復帰摂理路程と成約時代の復帰摂理路程を比較したとき、最も大きな違いは、メシヤが天上にいらっしゃるか、地上にいらっしゃるかの違いです。

そのため、再臨主を中心とする全体摂理は、成約時代では実体路程として確認できますが、新約時代にはイエス様を中心として天上で摂理が展開され、史実として記録されていない可能性があります。

そこで、1の「再臨主(真の父)を中心とする全体摂理」に関しては、再臨主路程として、イエス様を中心とする第一次から第三次のカナン復帰路程と比較しながら、「成約時代の摂理的同時性」とは別に考察することにします。

以上のことから「成約時代の摂理的同時性」では、真の母を復帰する摂理と選民を中心とする内外の摂理に関連する史実を中心に同時性を検証、考察しています。

特に『原理講論』に記載のある旧約・新約時代の史実と比較し、摂理的同時性の現象と判断される史実を重点的に選びました。

(4)1000年(920~1920)を10年(2012.9~2022.8)で蕩減復帰

上述したように「成約時代の摂理的同時性」の摂理観では、「天の勝利圏とは蕩減期間の短縮である」としています。

具体的に言えば、天の勝利圏によって新約時代のキリスト王国時代から再臨主降臨までの1000年を、成約時代では2012年9月から2022年8月までの10年で蕩減復帰するようになったということです。

 

その天の勝利圏とは、文鮮明先生のアダムとしての勝利と、文鮮明先生を中心とする文亨進様(七男)と文国進様(四男)の真のアベル・カイン一体化の勝利を意味しています。

この勝利圏によって1000年の蕩減期間が10年にまで短縮されたので、今の1年は過去の歴史の100年分に相当することになります。

それを裏付けるように、世の中の変化と発展が目まぐるしく展開しています。

(5)蕩減復帰摂理完成時代(成約時代)の各時代の名称解説

【日帝及び基督教迫害時代】(1920年~1960年)
再臨主と彼に従う成約時代の聖徒たちが、日本帝国及びキリスト教から迫害を受けながら蕩減復帰路程を歩み、成約時代の選民である祝福家庭のための基台を造成する時代。

【氏族メシヤ家庭教会時代】(1960年~2001年)
再臨主が真の母を迎えて真の父母となり、その真の父母によって重生された祝福家庭たちが、各氏族のメシヤとして家庭教会を立て、神主権の王国を建設するための基台を造成する時代。

【天一国時代】(2001年~2013年⇒2012年9月)※陽暦以下同
真の父母を中心として、祝福家庭たちが成約時代の神主権の王国である「天宙平和統一国(天一国)」を創建する時代。

【天地王権分立時代】(2012年9月~2016年8月)
真の父に対する真の母の不信により、神中心の天の王権とサタン中心の地の王権に分かれ、祝福家庭たちがサタン主管下で苦役路程を歩む時代。

【真の母捕虜・帰還時代】(2016年9月~2018年8月)
新たに召命された真の母を中心とするアベル圏の祝福家庭たちが、サタンの主管下から真の父の権威圏に復帰していく時代。

【真の家庭復活準備時代】(2018年9月~2022年8月)
真の父の正統後継者を中心にアベル圏の祝福家庭たちが、過去の罪を悔い改め、成約時代の聖殿を再建しながら真の家庭復活のための基台を造成する時代。

 

以上で「成約時代の摂理的同時性」の概要説明を終え、次からは、各論として、各時代の詳細を解説していきます。

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