【今回はこの原理を深掘り!】
イエスの路程は、すなわち信徒たちが歩まなければならない路程であるので、信徒たちはイエスが荒野で受けた三大試練を、個人的に、家庭的に、国家的に、世界的に乗り越えなければならない。(『原理講論』p539)

 

「統一原理」によると、イエス様が荒野でサタンから受けられた三大試練は、私たち自身も克服していかなければならない路程です。

そのため、イエス様がどのようにしてサタンの試練を退け、勝利していかれたのかということは、とても重要なテーマですね。

この記事では、イエス様がサタンに対して何をもってどのように対処されたのかを掘り下げていきます。

イエス様が荒野に行かれた理由

本来なら、何の讒訴条件もない神のひとり子であられるイエス様が、サタンから試練を受けるということはありえないことです。

ではなぜ、荒野に行かれてサタンの試練を受けるようになったのでしょうか?

それは、第一次世界的カナン復帰路程において洗礼ヨハネが責任を果たせなかったからです。

メシヤのための基台を造成すべきだった洗礼ヨハネが、その責任を果たせなかったため、代わりにイエス様がその責任を果たさなければならなくなりました。

ですから、第二次世界的カナン復帰路程では、イエス様が洗礼ヨハネの立場で信仰基台と実体基台を復帰してメシヤのための基台を造成しなければならなかったのです。

そのためイエス様は荒野に行って40日間の断食をされ、第二次世界的カナン復帰路程の信仰基台における数理的な条件を立てられました。

その40日間の断食を終えられた直後(※断食中ではないことも重要なポイントです)にサタンは三度に渡って試練してきたのです。

イエス様はサタンの試練にどう対処されたのか?

サタンの最初の試練は次のようなものでした。

すると試みる者がきて言った、「もしあなたが神の子であるなら、これらの石がパンになるように命じてごらんなさい」。(マタイによる福音書4章3節)

 

この第一の試練に対して、イエス様はどのようにお答えになったと思いますか?

「人はパンだけで生きるのではなく、神様のみ言で生きるものだと答えられたのでは?」

そのとおりです。ただ、このみ言をイエス様ご自身のみ言だと考えている方もいるかもしれません。

しかし、このみ言はイエス様ご自身のみ言ではないんですね。こちらの聖句をご覧ください。

イエスは答えて言われた、「『人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言で生きるものである』と書いてある」。(マタイの福音書4章4節)

 

このように、イエス様はご自身のみ言ではなく、「ここにこう書いてある」と言われているのです。

それでは、イエス様はどの書物のどこからこのみ言を引用されたのでしょうか?それはこちらです。

人はパンだけでは生きず、人は主の口から出るすべてのことばによって生きることをあなたに知らせるためであった。(申命記8章3節)

 

イエス様は、旧約聖書の申命記8章3節を指し示しながら、ここにこのように書いてあるではないかと言われたのです。

なぜイエス様は旧約聖書のみ言で答えられたのか?

イエス様は、どうしてご自分の言葉ではなく旧約聖書のみ言で答えられたのでしょうか?

その一つの理由は、その当時、サタンが認める神様のみ言は旧約聖書だけだったからです。

そして、そのときのイエス様がメシヤの立場ではなく、洗礼ヨハネの代わりに信仰基台を復帰しなければならない立場だったということがもう一つの理由です。

このように第一の試練に対して原理的に対処されたイエス様の返答に、サタンは無言で退きました。

もしイエス様がご自分の言葉で答えられていたら、その非原理的な対応に対してサタンは、退くことなくイエス様を讒訴していたはずです。

こうしてイエス様は、サタンからの第一の試練に対して、旧約聖書の申命記のみ言をもって原理的に対応することで勝利されました。

み言をもって再び試練してきたサタン

第二の試練になると、なんと今度はサタンもみ言を引用して試練してきました。こちらの聖句をご覧ください。

もしあなたが神の子であるなら、下へ飛びおりてごらんなさい。『神はあなたのために御使たちにお命じになると、あなたの足が石に打ちつけられないように、彼らはあなたを手でささえるであろう』と書いてありますから」。(マタイによる福音書4章6節)

 

やはりサタンは知恵の天使です。では、サタンはどこからこのみ言を引用したきたのでしょうか?

日本聖書協会が発行した『口語訳聖書引照つき』でマタイによる福音書4章6節のところを見ると、引照先が詩篇91章11・12節となっています。

これは主があなたのために天使たちに命じて、あなたの歩むすべての道で/あなたを守らせられるからである。彼らはその手で、あなたをささえ、石に足を打ちつけることのないようにする。(詩篇91章11~12節)

 

このように、サタンは旧約聖書の詩篇のみ言をもって再びイエス様を試練してきたわけです。

この試練に対するイエス様の返答もやはりみ言を引用されています。こちらです。

イエスは彼に言われた、「『主なるあなたの神を試みてはならない』とまた書いてある」。(マタイによる福音書4章7節)

 

これは、申命記6章16節に「あなたがたの神、主を試みてはならない」と書いてあるではないかという意味です。

第三の試練に対しても同様で、「もしあなたが、ひれ伏してわたしを拝むなら、これらのものを皆あなたにあげましょう」(マタイによる福音書4章9節)というサタンの試練に対して、イエス様は次のように返答されています。

「サタンよ、退け。『主なるあなたの神を拝し、ただ神にのみ仕えよ』と書いてある」(マタイによる福音書4章10節)

 

こちらは、申命記6章13節から14節の「あなたの神、主を恐れてこれに仕え、その名をさして誓わなければならない。あなたがたは他の神々すなわち周囲の民の神々に従ってはならない」というみ言の引用です。

このようにしてイエス様は、サタンの三大試練に対して、すべて旧約聖書のみ言を引用することで勝利されました。

信仰基台復帰におけるサタン分立はみ言で

イエス様の三大試練の勝利を見ると、サタンを分立できるのは神様のみ言だけだということが分かります。

文鮮明先生のみ言には次のようなものがあります。

何をもってサタンに勝つことができるのでしょうか? 皆さんは、み言をもってサタンに勝たなければなりません。(『文鮮明先生御言選集』198・7 1990.1.20)

 

私たちがサタンを分立して信仰基台を立てようとすれば、み言を前面に立て、み言を中心に考え、行動することが一番の近道だということになります。

そして、さらに注意することとしては、サタンもみ言を引用して試練してくるということです。

私たちが「統一原理」を学び、原理的な思考を体得し、み言の実体にならなければならない理由がここにあります。

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