【今回の原理のみ言】
 統一王国時代に入るに従って、士師が第一イスラエルを指導した時代は過ぎさり、神の命令を直接受ける預言者と、幕屋と神殿を信奉する祭司長と、そして、国民を統治する国王が鼎立して、復帰摂理の目的を中心とする、各自の指導的な使命を遂行しなければならなくなった。
 それゆえに、この時代を実体的な同時性をもって蕩減復帰するキリスト王国時代においても、教区長が第二イスラエルを指導してきた時代は過ぎさり、預言者に該当する修道院と、祭司長に該当する法王と、そして国民を統治する国王とが、復帰摂理の目的を中心として、第二イスラエルを指導していかなければならなくなったのである。(『原理講論』p472)

 

今回は、新約時代のキリスト王国時代120年を蕩減復帰する「天一国時代」について解説します。

「天一国時代」は、真の父母様を中心に神様主権のメシヤ王国を地上に建設する時代で、そのメシヤ王国のことを「天宙平和統一国(天一国)」と言います。

この時代に起きた主な摂理的同時性の現象をピックアップし、それらを比較しながら検証してみたいと思います。

「天一国時代」の概要

最初に、キリスト王国時代120年の原理的な意味を『原理講論』から確認してみましょう。

 復帰摂理時代において、イスラエル民族が、サウル王を中心として、初めて国王を立てたのち、ダビデ王を経てソロモン王に至るまで一二〇年間の統一王国時代があった。
 したがって、この時代を蕩減復帰するために、西暦八〇〇年チャールズ大帝が即位したのち、後日、彼の王統が絶えて、選挙王制となり、九一九年ヘンリー一世がドイツ王位につくまで一二〇年間にわたるキリスト王国時代がくるようになったのである。
 ゆえに、この時代は形象的同時性の時代のうち、統一王国時代の一二〇年を実体的な同時性として、蕩減復帰する時代に相当する。(『原理講論』p461~2)

 

このキリスト王国時代120年を実体的に蕩減復帰するのが「天一国時代」です。

具体的な年代で言うと、2001年1月13日の「神様王権即位式」から、2012年9月3日に文鮮明先生が聖和されるまでの12年路程を意味します。

そして、この時代は、キリスト王国時代120年を10分の1の期間で蕩減復帰する路程で、これを年代別に区分するとおおよそ次のようになります。

 西暦801~840年 ⇒ 西暦2001~4年(蘇生期)
 西暦841~880年 ⇒ 西暦2005~8年(長成期)
 西暦881~920年 ⇒ 西暦2009~12年(完成期)

この12年路程を「天一国摂理」として、文鮮明先生は次のように語られました。

 イエス様が失敗していなければ、イスラエル国を立てていたのと同じように、先生が生涯を通して、境界線を解放しておかなければなりません。しかし、今八十五歳ですが、八十歳でカナン復帰して天下統一をしなければならなかったにもかかわらず、それができなかったのです。ですから、まだアベル・カインが残っていたので、第二次の祝福を受け、アベル・カインの撤廃を宣布したのです。
 そして、今から百二十年になるときまでに、すべてを終えなければなりません。ですから、それを管掌する先生は、最初の四十年、八十歳までの四十年、今の四十年をそれぞれ四年として、九十二歳を中心とする二〇一二年までにすべてを終えるのです。(『文鮮明先生御言選集』458-172 2004.7.8)

 

更に文鮮明先生は、「天一国摂理」完成のビジョンを、蘇生期、長成期、完成期の三段階に分けて次にように語られています。

 先生の誕生日(二〇〇五年二月十四日)が過ぎればどのようなことが起きるのかというと、霊界の先祖、あるいは先知先烈たち、神様までもすべて地上に旺臨するのです。
そして、天一国五年、六年、七年、八年(西暦2005~8年)まで、この四年間、霊界に行った先祖たちがすべて地上に旺臨して真の父母に侍り、天一国八年を越えて再び天国に昇っていかなければなりません。
 そのようにすれば、今まで国の大統領をした人たちも、あの国ですべて祝福を受けるのであり、その次には、宗教圏にいる宗主たち、孔子、釈迦、ムハマンド、あるいはソクラテスまで、有名な人たちがすべてこの地上で協助してあの国に戻っていくようになるのです。
 このようになれば、国全体が祝福を受けることができ、全体が祝福を受ければ、すべての国を解放することができずに不完全だった天の国を、二〇一二年までの四年間、九、一〇、一一、一二の四年間で再整理して完全完備させ、天と地が祝福されるのです。そのようになれば、世界が、天地が、すべて神様が理想とされた祖国となり、故郷の地になるのです。(『文鮮明先生御言選集』480-266 2004.12.26)

 

それでは次に、キリスト王国時代に指導者の立場にいた修道院と法王と国王に注目して、摂理的同時性の現象を検証してみましょう。

チャールズ(カール)大帝のローマ皇帝即位と「神様王権即位式」

まず、西暦800年に行われた「カールの戴冠」の摂理的な意義を『原理講論』から確認してみましょう。

法王レオ三世が、紀元八〇〇年にチャールズ大帝を祝福して、彼に皇帝の冠を授与し、天的な嗣業を相続させることによって、法王を中心としてつくられた霊的な王国と、政治的に形成されたフランク王国とが一つになり、キリスト王国をつくったのである。(『原理講論』p500)

 

新約時代の第二イスラエルからなるキリスト教界は、復活されたイエス様を霊的な王の王として信奉する、一つの国土のない霊的な王国です。

この霊的な王国と国王を中心とした実体的な王国が一つになれば、そこに「メシヤのための基台」ができ、再臨のメシヤを迎えることができるようになります。

歴史上、その最初のチャンスを迎えたのが西暦800年に行われた「カールの戴冠」の時だったわけです。

即位したチャールズ大帝は、「王位につくや否や、彼は、アウグスチヌスの『神国論』を国家理念とする君主国家を建てようとした」(『原理講論』p500)とあるように、強力なキリスト王国を築いていきます。

そして、霊的な王国と実体的な王国が一つになるという意味で、「カールの戴冠」と摂理的同時性の出来事が、2001年1月13日に行われた「神様王権即位式」です。

「神様王権即位式」とは、神様の王権が本格的に地上に定着する時代を迎えたことを意味しています。

つまり、天上の神様が地上の真の父母様と一つになり、その権勢をふるうことができる時代になったのです。

この「神様王権即位式」と共に「天の憲法三か条」が制定され、祝福家庭たちは自分の名前で直接神様に祈ることができるようになりました。

そして、「神様王権即位式」から約10ヵ月後の2001年11月15日に「天宙平和統一国(天一国)」が宣布され、再臨時代のメシヤ王国が始まるようになったのです。

成約時代の修道院と法王と国王とは?

成約時代の修道院と法王と国王とは誰かを説明する前に、まずキリスト王国時代の修道院と法王と国王がどの立場にいて、どのような使命をもっていたのかについて確認しておきたいと思います。

1キリスト王国時代の修道院と法王と国王の関係性

キリスト王国時代の修道院と法王と国王について、『原理講論』には以下のように書かれています。

 統一王国時代に入るに従って、士師が第一イスラエルを指導した時代は過ぎさり、神の命令を直接受ける預言者と、幕屋と神殿を信奉する祭司長と、そして、国民を統治する国王が鼎立して、復帰摂理の目的を中心とする、各自の指導的な使命を遂行しなければならなくなった。
 それゆえに、この時代を実体的な同時性をもって蕩減復帰するキリスト王国時代においても、教区長が第二イスラエルを指導してきた時代は過ぎさり、預言者に該当する修道院と、祭司長に該当する法王と、そして国民を統治する国王とが、復帰摂理の目的を中心として、第二イスラエルを指導していかなければならなくなったのである。(『原理講論』p472)

 

このように、キリスト王国時代の復帰摂理において、第二イスラエルを指導する役割を担っていたのが修道院と法王と国王でした。

そして、旧約時代の預言者の立場にいるのが修道院、そして祭司長の立場にいるのが法王です。

また、『原理講論』には、国王がこの時代の中心人物であると次のように明記されています。

キリスト王国時代においては、統一王国時代のすべてのものを、実体的な同時性をもって蕩減復帰しなければならなかったので、この時代の「信仰基台」を蕩減復帰する中心人物は、修道院と法王とのキリスト教理念を実現しなければならない国王であった。(『原理講論』p475)

 

2修道院と法王の役割

それでは次に、キリスト王国時代の預言者である修道院と、祭司長である法王の役割を『原理講論』で確認してみましょう。

【預言者である修道院の役割】
預言者や、祭司長は、神のみ言を代理する者であるから、その時代におけるアベルの立場に立つようになる。しかし、復帰摂理路程において、彼は、あくまでも霊界を代理して、天使長の立場から実体の世界を復帰していかなければならないので、国王が立ち得る霊的な基台を準備し、王を祝福して立たせたのちには、彼の前でカインの立場に立たなければならないのである。したがって、国王は、預言者を通じて下されるみ言によって国家を統治しなければならないのであり、また、預言者は、一人の国民の立場で国王に従わなければならないのである。(『原理講論』p473)【祭司長である法王の役割】
法王は、統一王国時代における預言者の目的を信奉する祭司長の立場におかれていたので、彼は、国王がキリスト教理想を実現していくことのできる霊的な基台を準備し、彼を祝福して、王として立てたのちには、一人の国民の立場から、彼は従わなければならなかったし、また、国王は、法王の理想を奉じて、国民を統治しなければならなかったのである。(『原理講論』p475)

 

以上のように、キリスト王国時代の修道院と法王は、神様から与えられたみ言を国王に伝えて祝福し、その後、一国民の立場で国王に従っていく立場でした。

3創造原理からみた修道院と法王の役割

次に、キリスト王国時代の修道院と法王の立場と役割を創造原理から見てみたいと思います。

「アダムとエバの堕落①エバは誰から戒めのみ言を聞いたのか?」の記事で紹介したこちらの『原理講論』のみ言をご覧ください。

善悪の実を取って食べるなという善のみ言を、神はアダムに伝え、アダムはこれをエバに伝え、エバは天使長に伝えて、善を繁殖すべきであった。(『原理講論』p296)

 

この内容から、アダムとエバが第一祝福である個性完成をするまでのみ言伝達の秩序は以下のようになります。

神様 ⇒ アダム ⇒ エバ ⇒ 天使長

そして、『原理講論』には書かれていませんが、第二祝福の子女繁殖をしたあと、つまり家庭内でのみ言伝達の秩序は以下のようになると考えられます。

神様 ⇒ 父アダム ⇒ 母エバ ⇒ 子女

このことから、母親は、父親からのみ言を子女たちに伝えたあと、その子女たちがそのみ言どおりに生きていけるよう支え、父親と子女たちが一つになるように協助するのが創造本然の役割と言えます。

実際には堕落によってこのエバの使命は果たされなかったため、キリスト王国時代にこれを蕩減復帰する立場にいたのが修道院と法王です。

つまり、神様が中心人物として立てた国王は神様の子女の立場ですから、彼に神様のみ言を伝え、一国民の立場で従うという役割を担っていた修道院と法王は、まさにエバであり母親と同様の立場にいたことになります。

預言者や法王は男性なのになぜエバの立場なのかと疑問に思うかもしれませんが、『原理講論』のp370には、「イエスは、全人類の新郎として来られたので、彼が再臨なさるまでの信徒たちは、来られる新郎の前に新婦とならなければならない」とあります。

このように、復帰摂理では、イエス様に対してすべての人が新婦であり女性の立場に立っているのです。

そして、その全人類の代表として、地上でイエス様の相対となる立場が修道院と法王なのです。

4成約時代の修道院と法王と国王

それでは、キリスト王国時代を実体的に蕩減復帰する「天一国時代」の修道院と法王と国王とは誰なのでしょうか?

結論から言うと、修道院に相当するのが「天宙清平修錬苑」、法王に相当するのが「真の母」、国王に相当するのが「真の子女」ということになります。

そして、「真の母」とは韓鶴子オモニのことであり、「真の子女」とは文鮮明先生の7男文亨進様のことです。

5成約時代の法王は聖霊の実体である真の母

イエス様は聖霊について、「真理の御霊が来る時には、あなたがたをあらゆる真理に導いてくれるであろう。それは自分から語るのではなく、その聞くところを語り、きたるべき事をあなたがたに知らせるであろう」(ヨハネ一六・13)と語られ『原理講論』には聖霊について次のように説明しています。

 聖霊は真の母として、また後のエバとして来られた方であるので、聖霊を女性神であると啓示を受ける人が多い。すなわち聖霊は女性神であられるので、聖霊を受けなくては、イエスの前に新婦として立つことができない。
 また、聖霊は慰労と感動の働きをなさるのであり(コリントI一二・3)、エバが犯した罪を蕩減復帰されるので、罪の悔い改めの業をしなければならないのである。さらに、イエスは男性であられるので、天(陽)において、また、聖霊は女性であられるので、地(陰)において、業(役事)をなさるのである。(『原理講論』p265)

 

このように、聖霊は「自分から語るのではなく、その聞くところを語り」、慰労と悔い改めの役事をします。

このことから、聖霊の実体である「真の母」は、キリスト王国時代の法王と同様の立場にいると言えるでしょう。

「キリスト王国時代」と「天一国時代」の神様のみ言伝達の秩序を比較すると、次のようになります。

「キリスト王国時代」:神様 ⇒ 修道院・法王 ⇒ 国王 ⇒ 国民

「天一国時代」:真の父⇒ 真の母 ⇒ 真の子女 ⇒ 祝福家庭・教会員

そして、神様のみ言を伝えたあと、修道院と法王は国王に仕え、真の母は真の子女を支えなければならないというのが「統一原理」の観点です。

文鮮明先生は、父と母と子女の関係について、次のように語られています。

 息子、娘の特権とは何でしょうか。母親と父親と息子、娘とでは誰が尊いですか。もちろん父親が尊いでしょう。母親と息子とを見るとき、どちらが尊いでしょうか。このような問題が、今後家庭教育において世界史的な問題になるでしょう。
 東洋の法には、父親と息子が国家の国事を論じ、天地の機密を論議するようになるときは、母親は席を外さなければいけません。東洋の思想がそうです。
 そのようなとき、なぜ母親は抗議しないのでしょうか? 母親は畑であり、父親は種です。種に連結されたものは、母親ではなく父親だというのです。ですから、種同士で会って議論しようというのに、畑が口を挟んでいいでしょうか? 天地の道理がそうなので、東洋思想から見るとき、「席を外しなさい」と言うのが「元亨利貞(げんこうりてい)」です。文総裁が現れたので、これをすべて白黒つけてあげるのです。(『文鮮明先生御言選集』177-324 1988.5.22)

 

このように、「父の心を子に向けさせ、逆らう者に義人の思いを持たせて、整えられた民を主に備える」(ルカ1章17節)のが母親の立場と使命です。

6文亨進様が中心人物である理由

次に、真の子女様の中でも、なぜ7男の文亨進様が中心人物であり「国王」なのかというと、文鮮明先生御夫妻が後継者として公に宣言されたからです。

「天一国時代」12年の長成期を越えて完成期に入った2009年1月、文鮮明先生御夫妻は、文亨進様御夫妻に対して3 度の戴冠式を行われました。

このとき、 「真の父母祝福」を伝授すると共に、後継者として文亨進様御夫妻を立てられたのです。

この一連の儀式は、真の母の立場から見るとき、上述した法王が国王に対して「霊的な基台を準備し、彼を祝福して、王として立てた」(『原理講論』p475)ことを蕩減復帰する出来事です。

「キリスト王国時代」と「天一国時代」の完成期に起きた摂理的同時性

「天一国時代」の完成期(2009~2012年)に起きた摂理的同時性の現象とはどのようなものか見てみましょう。

まず旧約時代の「統一王国時代」と新約時代の「キリスト王国時代」の完成期の時期に起きたことを『原理講論』から確認してみましょう。

 サウルによって始まった統一王国時代は、ダビデ王を経て、ソロモン王に至り、その際、彼が王妃たちの信じていた異邦人の神々に香を焚き犠牲をささげた結果(列王上一一・5~9)、この三代をもって、カインの立場であった十部族を中心とする北朝イスラエルと、アベルの立場であった二部族を中心とする南朝ユダに、分立されてしまった。そして、南北王朝分立時代がくるようになったのである。
 これと同じように、チャールズ大帝によって始まったキリスト王国も、三代目に至って、孫たち三人の間に紛争が起こり、そのためこの王国は東、西両フランクとイタリアに三分されたのである。しかし、イタリアは東フランクの支配を受けたので、実際においては、東、西フランク王国に両分されたのと同様であった。(『原理講論』p476)

 

このように、三代目の完成期に王国が南北、東西に分断される出来事が起きています。

これと摂理的同時性の現象として成約時代に起きた出来事が、「3人の真の子女の対立」です。

これは、3男の顕進様、4男の国進様、7男の亨進様の間で起きたもので、国進様と亨進様は一つになったいたため、実際には顕進様と国進様・亨進様との対立でした。

これに対して文鮮明先生御夫妻は、2010年6月5日に『真の父母様宣言』を発表され、統一教会の後継者は文亨進様であることを明らかにされました。

【『真の父母様宣言』】
「万王の王はお一人の神様、真の父母様もお一人の父母、万世帯の民も一つの血統の国民であり、一つの天国の子女である。天宙平和統一本部も絶対唯一の本部だ。その代身者・相続者は文亨進である。その外の人は、異端者・爆破者である。以上の内容は、真の父母様の宣言文である。」(2010.6.5)

 

この『真の父母様宣言』を真の母の立場と使命から見たとき、2009年1月に法王の立場で文亨進様を国王として祝福したのち、その国王に従い支持したことになります。

これをもって「3人の真の子女の対立」は決着し、韓鶴子オモニは真の母としての使命を果たされました。

ところが、このあと、韓鶴子オモニは国王の立場にいる文亨進様を支え、協助するという立場を離れ、父子一体となっていた文鮮明先生と文亨進様とは対立していくようになってしまうのです。

その結果、上述した文鮮明先生の「天一国摂理」完成のビジョンが実現困難となり、文鮮明先生が聖和された2012年9月3日以降、復帰摂理は天と地に分断され、「天地王権分立時代」が訪れるようになっていきます。

まとめ

【キリスト王国時代と天一国時代の同時性的現象】

①800年「カールの戴冠」⇒ 2001年「神様王権即位式」

②修道院と法王と国王 ⇒ 清平と韓鶴子オモニと文亨進様

③三代目の対立と分裂 ⇒ 真の子女の対立と分裂

 

以上で「天一国時代」の解説を終ります。次回は「天地王権分立時代」についての解説になります。

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