【新約時代のキリスト王国時代について
 統一王国時代に入るに従って、士師が第一イスラエルを指導した時代は過ぎさり、神の命令を直接受ける預言者と、幕屋と神殿を信奉する祭司長と、そして、国民を統治する国王が鼎立して、復帰摂理の目的を中心とする、各自の指導的な使命を遂行しなければならなくなった。
 それゆえに、この時代を実体的な同時性をもって蕩減復帰するキリスト王国時代においても、教区長が第二イスラエルを指導してきた時代は過ぎさり、預言者に該当する修道院と、祭司長に該当する法王と、そして国民を統治する国王とが、復帰摂理の目的を中心として、第二イスラエルを指導していかなければならなくなったのである。(『原理講論』p472)

 

今回は、新約時代のキリスト王国時代120年を蕩減復帰する「天一国時代」について解説します。

「天一国時代」は、真の父母様を中心に神様主権のメシヤ王国を地上に建設する時代で、そのメシヤ王国のことを「天宙平和統一国(天一国)」と言います。

この時代に起きた主な摂理的同時性の現象をピックアップし、それらを比較しながら検証してみたいと思います。

第1節 「天一国時代」の概要

最初に、キリスト王国時代120年の原理的な意味を『原理講論』から確認してみましょう。

 復帰摂理時代において、イスラエル民族が、サウル王を中心として、初めて国王を立てたのち、ダビデ王を経てソロモン王に至るまで120年間の統一王国時代があった。
したがって、この時代を蕩減復帰するために、西暦800年チャールズ大帝が即位したのち、後日、彼の王統が絶えて、選挙王制となり、919年ヘンリー一世がドイツ王位につくまで120年間にわたるキリスト王国時代がくるようになったのである。
ゆえに、この時代は形象的同時性の時代のうち、統一王国時代の120年を実体的な同時性として、蕩減復帰する時代に相当する。
(『原理講論』p461~2)

 

このキリスト王国時代120年を実体的に蕩減復帰するのが「天一国時代」です。

具体的な年代で言うと、2001年1月13日の「神様王権即位式」から、結果的に偽りの「基元節」となってしまった2013年1月13日までの12年路程を意味します。

そして、この時代は、キリスト王国時代120年を10分の1の期間で蕩減復帰する路程で、これを年代別に区分すると次のようになります。

 西暦801~840年 ⇒ 西暦2001年1月~5年1月(蘇生期)
 西暦841~880年 ⇒ 西暦2005年1月~9年1月(長成期)
 西暦881~920年 ⇒ 西暦2009年1月~13年1月(完成期)

この12年路程を「天一国摂理」として、文鮮明先生は次のように語られました。

 イエス様が失敗していなければ、イスラエル国を立てていたのと同じように、先生が生涯を通して、境界線を解放しておかなければなりません。しかし、今85歳ですが、80歳でカナン復帰して天下統一をしなければならなかったにもかかわらず、それができなかったのです。ですから、まだアベル・カインが残っていたので、第2次の祝福を受け、アベル・カインの撤廃を宣布したのです。
そして、今から120年になるときまでに、すべてを終えなければなりません。ですから、それを管掌する先生は、最初の40年、80歳までの40年、今の40年をそれぞれ4年として、92歳を中心とする2012年までにすべてを終えるのです。
(『文鮮明先生御言選集』458-172 2004.7.8)

 

更に文鮮明先生は、「天一国摂理」完成の路程を、蘇生期、長成期、完成期の三段階に分けて次にように語られています。

 先生の誕生日(2005年2月14日)が過ぎればどのようなことが起きるのかというと、霊界の先祖、あるいは先知先烈たち、神様までもすべて地上に旺臨するのです。
そして、天一国5年、6年、7年、8年(西暦2005~8年)まで、この4年間、霊界に行った先祖たちがすべて地上に旺臨して真の父母に侍り、天一国8年を越えて再び天国に昇っていかなければなりません。
そのようにすれば、今まで国の大統領をした人たちも、あの国ですべて祝福を受けるのであり、その次には、宗教圏にいる宗主たち、孔子、釈迦、ムハマンド、あるいはソクラテスまで、有名な人たちがすべてこの地上で協助してあの国に戻っていくようになるのです。
このようになれば、国全体が祝福を受けることができ、全体が祝福を受ければ、すべての国を解放することができずに不完全だった天の国を、2012年までの4年間、9、10、11、12の4年間で再整理して完全完備させ、天と地が祝福されるのです。そのようになれば、世界が、天地が、すべて神様が理想とされた祖国となり、故郷の地になるのです。
(『文鮮明先生御言選集』480-266 2004.12.26)

 

以上のように、「天一国時代」の12年路程は、縦的には旧約時代の「統一王国時代」と新約時代の「キリスト王国時代」を蕩減復帰する時代であると同時に、横的にはメシヤ再臨からの120年(1920~2040年)を蕩減復帰する時代です。

 

それでは最初に、縦的な蕩減復帰の観点から、「キリスト王国時代」に指導者の立場にいた修道院と法王と国王に注目して、摂理的同時性の現象を検証してみましょう。

第2節 チャールズ (カール)大帝のローマ皇帝即位と 「神様王権即位式」

まず、西暦800年に行われた 「カールの戴冠」の摂理的な意義を 『原理講論』から確認してみましょう。

 法王レオ三世が、紀元800年にチャールズ大帝を祝福して、彼に皇帝の冠を授与し、天的な嗣業を相続させることによって、法王を中心としてつくられた霊的な王国と、政治的に形成されたフランク王国とが一つになり、キリスト王国をつくったのである。(『原理講論』P500)

 

新約時代の第二イスラエルからなるキリスト教界は、復活されたイエス様を霊的な王の王として信奉する、一つの国土のない霊的な王国です。

この霊的な王国と国王を中心とした実体的な王国が一つになれば、そこに 「メシヤのための基台」ができ、再臨のメシヤを迎えることができるようになります。

歴史上、その最初のチャンスを迎えたのが西暦800年に行われた 「カールの戴冠」の時だったわけです。

即位したチャールズ大帝は、「王位につくや否や、彼は、アウグスチヌスの 『神国論』を国家理念とする君主国家を建てようとした」(『原理講論』P500)とあるように、強力なキリスト王国を築いていきます。

そして、霊的な王国と実体的な王国が一つになるという意味で、「カールの戴冠」と摂理的同時性の出来事が、2001年1月13日に行われた 「神様王権即位式」です。

「神様王権即位式」とは、神様の王権が本格的に地上に定着する時代を迎えたことを意味しています。

つまり、天上にいらっしゃる神様が地上の真の父と一体になり、真の父であられる文鮮明先生を通して天の権勢をふるうことができる時代になったのです。

この時から文鮮明先生は、真の父として全人類に対して実体の神様の立場に立たれるようになります。

この 「神様王権即位式」と共に 「天法三か条」が制定され、祝福家庭たちは自分の名前で直接神様に祈ることができるようになりました。

そして、「神様王権即位式」から約10ヵ月後の2001年11月15日に「天宙平和統一国(天一国)」 が宣布され、再臨時代のメシヤ王国が始まるようになったのです。

第3節 成約時代の修道院と法王と国王

成約時代の修道院と法王と国王とは誰かを説明する前に、まずキリスト王国時代の修道院と法王と国王がどの立場にいて、どのような使命をもっていたのかについて確認しておきたいと思います。

(1)キリスト王国時代の修道院と法王と国王の関係性

キリスト王国時代の修道院と法王と国王について、『原理講論』には以下のように書かれています。

 統一王国時代に入るに従って、士師が第一イスラエルを指導した時代は過ぎさり、神の命令を直接受ける預言者と、幕屋と神殿を信奉する祭司長と、そして、国民を統治する国王が鼎立して、復帰摂理の目的を中心とする、各自の指導的な使命を遂行しなければならなくなった。
 それゆえに、この時代を実体的な同時性をもって蕩減復帰するキリスト王国時代においても、教区長が第二イスラエルを指導してきた時代は過ぎさり、預言者に該当する修道院と、祭司長に該当する法王と、そして国民を統治する国王とが、復帰摂理の目的を中心として、第二イスラエルを指導していかなければならなくなったのである。(『原理講論』p472)

 

このように、キリスト王国時代の復帰摂理において、第二イスラエルを指導する役割を担っていたのが修道院と法王と国王でした。

そして、旧約時代の預言者の立場にいるのが修道院、そして祭司長の立場にいるのが法王です。

また、『原理講論』には、国王がこの時代の中心人物であると次のように明記されています。

キリスト王国時代においては、統一王国時代のすべてのものを、実体的な同時性をもって蕩減復帰しなければならなかったので、この時代の「信仰基台」を蕩減復帰する中心人物は、修道院と法王とのキリスト教理念を実現しなければならない国王であった。(『原理講論』p475)

 

それでは次に、キリスト王国時代の預言者である修道院と、祭司長である法王の役割を『原理講論』で確認してみましょう。

(2)修道院と法王の役割

【預言者である修道院の役割】
預言者や、祭司長は、神のみ言を代理する者であるから、その時代におけるアベルの立場に立つようになる。しかし、復帰摂理路程において、彼は、あくまでも霊界を代理して、天使長の立場から実体の世界を復帰していかなければならないので、国王が立ち得る霊的な基台を準備し、王を祝福して立たせたのちには、彼の前でカインの立場に立たなければならないのである。したがって、国王は、預言者を通じて下されるみ言によって国家を統治しなければならないのであり、また、預言者は、一人の国民の立場で国王に従わなければならないのである。(『原理講論』p473)
【祭司長である法王の役割】
法王は、統一王国時代における預言者の目的を信奉する祭司長の立場におかれていたので、彼は、国王がキリスト教理想を実現していくことのできる霊的な基台を準備し、彼を祝福して、王として立てたのちには、一人の国民の立場から、彼は従わなければならなかったし、また、国王は、法王の理想を奉じて、国民を統治しなければならなかったのである。(『原理講論』p475)

 

以上のように、キリスト王国時代の修道院と法王は、神様から与えられたみ言を国王に伝えて祝福し、その後、一国民の立場で国王に従っていく立場でした。

(3)創造原理からみた修道院と法王の役割

次に、キリスト王国時代の修道院と法王の立場と役割を創造原理の観点から見てみたいと思います。

「アダムとエバの堕落①エバは誰から戒めのみ言を聞いたのか?」の記事で紹介したこちらの『原理講論』のみ言をご覧ください。

善悪の実を取って食べるなという善のみ言を、神はアダムに伝え、アダムはこれをエバに伝え、エバは天使長に伝えて、善を繁殖すべきであった。(『原理講論』p296)

 

この内容から、アダムとエバが個性完成するまでのみ言伝達の秩序は以下のようになります。

 

神様 ⇒ アダム ⇒ エバ ⇒ 天使長

 

そして、『原理講論』には書かれていませんが、第二祝福の子女繁殖をしたあと、つまり家庭内でのみ言伝達の秩序は以下のようになると考えられます。

 

神様 ⇒ 父アダム ⇒ 母エバ ⇒ 子女

 

このことから、母親は、父親からのみ言を子女たちに伝えたあと、その子女たちがそのみ言どおりに生きていけるよう支え、父親と子女たちが一つになるように協助するのが創造本然の役割と言えます。

実際には堕落によってこのエバの使命は果たされなかったため、キリスト王国時代にこれを蕩減復帰する立場にいたのが修道院と法王です。

つまり、神様が中心人物として立てた国王は神様の子女の立場ですから、彼に神様のみ言を伝え、一国民の立場で従うという役割を担っていた修道院と法王は、まさにエバであり母親と同様の立場にいたことになります。

預言者や法王は男性なのになぜエバの立場なのかと疑問に思うかもしれませんが、『原理講論』のp370には、「イエスは、全人類の新郎として来られたので、彼が再臨なさるまでの信徒たちは、来られる新郎の前に新婦とならなければならない」とあります。

このように、復帰摂理では、イエス様に対してすべての人が新婦であり女性の立場に立っているのです。

そして、その全人類の代表として、地上でイエス様の相対となる立場が修道院と法王なのです。

(4)成約時代の修道院と法王と国王

それでは、キリスト王国時代を実体的に蕩減復帰する「天一国時代」の修道院と法王と国王とは誰なのでしょうか?

結論から言うと、修道院に相当するのが「天宙清平修錬苑」、法王に相当するのが「真の母」、国王に相当するのが「真の子女」ということになります。

そして、「真の母」とは韓鶴子オモニのことであり、「真の子女」とは文鮮明先生の7男文亨進様のことです。

(5)成約時代の法王は聖霊の実体である真の母

イエス様は聖霊について、「真理の御霊が来る時には、あなたがたをあらゆる真理に導いてくれるであろう。それは自分から語るのではなく、その聞くところを語り、きたるべき事をあなたがたに知らせるであろう」(ヨハネ一六・13)と語られ『原理講論』には聖霊について次のように説明しています。

 聖霊は真の母として、また後のエバとして来られた方であるので、聖霊を女性神であると啓示を受ける人が多い。すなわち聖霊は女性神であられるので、聖霊を受けなくては、イエスの前に新婦として立つことができない。
 また、聖霊は慰労と感動の働きをなさるのであり(コリントI一二・3)、エバが犯した罪を蕩減復帰されるので、罪の悔い改めの業をしなければならないのである。さらに、イエスは男性であられるので、天(陽)において、また、聖霊は女性であられるので、地(陰)において、業(役事)をなさるのである。(『原理講論』p265)

 

このように、聖霊は「自分から語るのではなく、その聞くところを語り」、慰労と悔い改めの役事をします。

このことから、聖霊の実体である「真の母」は、キリスト王国時代の法王と同様の立場にいると言えるでしょう。

「キリスト王国時代」と「天一国時代」の神様のみ言伝達の秩序を比較すると、次のようになります。

 

「キリスト王国時代」:神様 ⇒ 修道院・法王 ⇒ 国王 ⇒ 国民

「天一国時代」:真の父⇒ 真の母 ⇒ 真の子女 ⇒ 祝福家庭・教会員

 

そして、神様のみ言を伝えたあと、修道院と法王は国王に仕え、真の母は真の子女を支えなければならないというのが「統一原理」の観点です。

文鮮明先生は、父と母と子女の関係について、次のように語られています。

 息子、娘の特権とは何でしょうか。母親と父親と息子、娘とでは誰が尊いですか。もちろん父親が尊いでしょう。母親と息子とを見るとき、どちらが尊いでしょうか。このような問題が、今後家庭教育において世界史的な問題になるでしょう。
 東洋の法には、父親と息子が国家の国事を論じ、天地の機密を論議するようになるときは、母親は席を外さなければいけません。東洋の思想がそうです。
 そのようなとき、なぜ母親は抗議しないのでしょうか? 母親は畑であり、父親は種です。種に連結されたものは、母親ではなく父親だというのです。ですから、種同士で会って議論しようというのに、畑が口を挟んでいいでしょうか? 天地の道理がそうなので、東洋思想から見るとき、「席を外しなさい」と言うのが「元亨利貞(げんこうりてい):天理原則、原理原則」です。文総裁が現れたので、これをすべて白黒つけてあげるのです。(『文鮮明先生御言選集』177-324 1988.5.22)

 

このように、「父の心を子に向けさせ、逆らう者に義人の思いを持たせて、整えられた民を主に備える」(ルカ1章17節)のが母親の立場と使命です。

次に、「統一王国時代」と「キリスト王国時代」と「天一国時代」に起きた摂理的同時性を見てみることにしましょう。

第4節 「統一王国時代」と「キリスト王国時代」と「天一国時代」の摂理的同時性

(1)「統一王国時代」との摂理的同時性~ソロモンの神殿建設と「天福宮」~

①サウル王の摂理的使命失敗と文顕進様の摂理圏からの離脱

 

成約時代の「天一国時代」は、旧約時代の「統一王国時代」120年を12年間で蕩減復帰する時代です。

したがって、サウル王の在位期間40年に相当するのが2001年から2004年までの4年間になります。

それでは、サウル王の摂理的な使命について『原理講論』から確認してみましょう。

 サウル王が、士師四〇〇年の基台の上で、彼の在位四十年を、神のみ旨にかなうように立てられたならば、彼は、エジプト苦役四〇〇年とモーセのパロ宮中四十年とを、共に蕩減復帰した立場に立つことができ、したがって彼は、「四十日サタン分立基台」の上で、「信仰基台」を立てることができたはずであった。

 すなわち、サウル王が、この基台の上で、メシヤの形象体である神殿を建設し、それを信奉したならば、彼は、モーセが第一次民族的カナン復帰に失敗しないで成功し、神殿を建設してそれを信奉したのと同様の立場に立つことができたのである。
 そして、イスラエルの選民たちが、サウル王を中心とするその「信仰基台」の上で、神殿を信奉していくこの国王を絶対的に信じ従ったならば、彼らは「実体基台」を造成して「メシヤのための基台」をつくり得たはずであった。(『原理講論』p474)
 

 

まずサウル王は、在位期間40年を「40日サタン分立基台」とし、その基台の上で神殿を建設することによって「信仰基台」を立て、アベルの位置に立たなければなりませんでした。

そして、そのサウル王とイスラエル民族が一つになることよって「実体基台」を立て、「メシヤのための基台」を造成することが、サウル王に対する神様のみ旨であり、摂理的な使命だったのです。

「統一王国時代」の信仰基台:サウル王在位期間40年+神殿建設
「統一王国時代」の実体基台:サウル王とイスラエル民族の一体化

ところが、サウル王は、次のように神様のみ旨に背き、アベルの位置を離れるようになります。

 サウル王は、預言者サムエルを通して与えられた、神の命令に逆らったので(サムエル上一五・1~23)、神殿を建設することができなかったのである。このように、神殿を建設することができなかったサウル王は、すなわち、第一次民族的カナン復帰に失敗したモーセのような立場におかれたのであった。(『原理講論』p474)

 

「天一国時代」の蘇生期(2001~2004年)において、このサウル王と摂理的同時性の立場に立っていたのが文鮮明先生の三男、文顕進様でした。

文顕進様は、「神様王権即位式」のための家庭的四位基台において摂理的な次子の立場であり、2000年9月24日に、霊界の摂理的長子である文興進様の代理として、地上における祝福権を移譲されていました。

そして、2000年11月11日、文鮮明先生は「父子協助時代」を宣言されたのですが、「神様王権即位式」以降、文顕進様は、文鮮明先生をお迎えして行われる訓読会を欠席することが多くなりました。

この期間(2001~2004年)のみ言を見てみると、以下に紹介するように、文鮮明先生が文顕進様に対して訓読会に参加するように言われているみ言がいくつもあることが分かります。

 顕進は家にいるのですか? 全淑!(「家にいます」)。なぜ訓読会に参席しないのですか? 自分が働いていようといまいと、それが問題ではありません。訓読会に参席しなければなりません。(中間)明日つれてきますか、きませんか? 全淑! 明日の朝につれてこなければなりません。座って寝ているのですか、何をしているのですか? 腹が讒訴します、体が讒訴するというのです。そのようにして自分の心が平安ですか? 心が平安か尋ねてみなさい。自分の心が、父母様の心がどうだろうか、天地の心がどうだろうか考えてみなさいと言いなさい。(『文鮮明先生御言選集』393-24 2002.9.26)

 

このみ言は2002年9月26日に語られたものですが、文顕進様の夫人である郭全淑女史に、文鮮明先生は文顕進様に対するみ言を託されています。

当然、郭全淑女史は文鮮明先生のみ言を夫の文顕進様に伝えたはずです。

しかし、「サウル王は、預言者サムエルを通して与えられた、神の命令に逆らった」(『原理講論』p474)とあるように、文顕進様は、郭全淑女史から伝えられた文鮮明先生のみ言をすぐには受け入れず、その後もしばらく訓読会に参加しませんでした。

そして、翌年の2003年6月19日の訓読会で、文鮮明先生と文顕進様の間で次のようなやりとりがありました。

 顕進は何も分からず、考えもなく動いていますが、父母に侍るにおいて、天上世界の五大聖人たちがどのように侍っているのか知らなければなりません。それを先生の目で見てはっきりと知っているのに、(あなたに)よくやっていると言えますか? 頭を丸めて寺に送り、厳しい修道を再びやらせてでも正さなければならないと考えるのです。
 あなたもいくらでも堕落できるではないですか? 顕進! ありとあらゆることをすべてできる立場だということを忘れてはいけません。自分の思いのままにしていけば、本当に逆さまに打ち込まれます。今度そのようなことがあれば、問題が大きいことを知らなければなりません。
 イーストガーデンから出ていくのを、襟首をつかんで連れ戻し、座らせておいたから今もこうしているのであって、(そうしていなければ)とうに荷物をまとめてどこかに行っているというのです。(「はい。逃げています」顕進様)。蕩減の道を行かなければなりません。先生が嘘をつく何かの詐欺師ですか?(中略)
 全淑、あなたもそうです。これから夫が行く道を正しく調整しなければなりません。信仰生活は妻の言うことをきかなければなりません、信仰の道は。(「信仰のためについていくのではありません。愛のために行くんです」顕進様)。愛というのは天の愛であって、信仰なく天の愛を求めることができますか? 結婚したのもアボジがしてあげたのであって、あなたがしたのですか? (中略)
(「アボジ、なぜそのように言うのですか? 新しい人が来たら、いつもどうして名前を持ち出すのですか?」顕進様)。それでは、ここで荷物をまとめなければならないというのです。(「それだからみな訓読会に来たくないと思うのではないですか」顕進様)。来たくないからといってそれでとおるのですか? (「このようにしていてはいけません、アッパ」顕進様)。来なければ、あなたたちは別れなければなりません。(「別れるなら別れます」顕進様)。別れたらどうなりますか? 今後、法的時代でUNに…。(「もうやめてください」顕進様)。こいつ、父の話を聞くのが子女の道理ではないですか?(録音中断)(『文鮮明先生御言選集』409-31 2003.6.19)

 

これは『文鮮明先生御言選集』に記載されているみ言で、この日のみ言はここで録音が中断され、その後にどのようなやりとりがあったのかは記録されていません。

そして、「天一国時代」の蘇生期(2001~2004年)を終えた翌年の2005年、文鮮明先生は郭全淑女史に次のように通告されました。

 お父様が「いなさい」と言えば永遠にいて、「荷物をまとめて来なさい」と言えば来なければなりません。小言を言うとは何ですか? 私があなたたちのところに行くことはできません。
 絶対信仰、絶対愛、絶対服従のその表題とは何ですか? 神様ご自身がそのように天地万物をつくったのですから、その上で行動しなければならないのであって、その下で行動すれば、息子であれ何であれ、関係を結ぶことはできません。
 アダムとエバがその関係以下になったので追い出されたではないですか? 全淑、何の話か分かりますか? 全淑!(「はい」)。はっきりと知りなさい。そのような夫なら、子女をつれて従っていってはいけません。すべて再是正しなければならないというのです。(『文鮮明先生御言選集』491-202 2005.3.19)

 

郭全淑女史は文鮮明先生から直接、このような通告を受けましたが、その後、文顕進様に従うようになり、文顕進様の家庭は文鮮明先生のもとを離れていきました。

ここで重要なことは、「天一国時代」蘇生期4年路程(2001~2004年)で文鮮明先生は、文顕進様に対して何度もアベルの立場に立てようとされたという事実であり、最初から排除したのではなかったということです。

しかし、それに対して文顕進様が応じなかったことにより、成約時代の神殿建設は成就せず、2009年から2012年までの完成期に、文鮮明先生と七男の文亨進様の父子一体による「天福宮」の奉献をもって、成約時代の神殿建設の目的が成就するようになったのです。

②ソロモンの神殿建設と父子一体による「天福宮」の奉献

統一王国時代は、サウル王、ダビデ王、ソロモン王がそれぞれ在位40年、三代にわたってイスラエル民族を統治する時代でした。

そして、ソロモン王の時代に、メシヤの形象的な表示である神殿を建設し、実体神殿である「メシヤを迎えるための基台」が造成されたのです。

列王紀上6章1節に、「イスラエルの人々がエジプトの地を出て後480年、ソロモンがイスラエルの王となって第4年のジフの月すなわち2月に、ソロモンは主のために宮を建てることを始めた」と言われたみ言がある。(『原理講論』p454)

あたかも、アブラハムの目的が、イサクを経てヤコブのときに成し遂げられたように、サウル王の神殿理想も、ダビデ王を経てソロモン王のときに、初めて成就されたのである。(『原理講論』p457)

 

このようなソロモンの神殿建設を摂理的同時性として蕩減復帰する出来事が文亨進様による「天福宮」の奉献です。

文鮮明先生は、2008年の第49回真の子女の日のみ言で次のように語られています。

亨進! どこに行きましたか、亨進。(「ここにいます」)。「天福宮」をつくりなさいと言ったのです。(「天福宮」は)天の福を積んでおくことのできる宮です。
(『文鮮明先生御言選集』600-135 2008.10.29)

 

文鮮明先生から2013年1月13日(天暦)までに「天福宮」をつくるように指示された文亨進様は、韓国ソウルの龍山区に長成期の「天福宮」を建設され、2010年2月21日(天暦1月8日)に献堂式をされました。

この「天福宮」は、文亨進様御夫妻を中心とする「統一教」の聖殿となるもので、その前年の2009年12月17日に行われた記者懇談会で、文亨進様は次のように語られています。

「新年に、統一教世界本部教会が龍山に移転します。これを契機として(統一教)が一段階跳躍するでしょう」

 

世界本部教会を龍山に移転するというのは、文亨進様のお考えではなく、文鮮明先生のご意志によるものです。文鮮明先生は、「天福宮」の献堂式で次のように祝祷されています。

 愛するお父様。きょうは天一国創建のための2010年2月21日午前10時5分前のこの時間に、龍山区にある新たに私たちが精誠を尽くして備えたこの「統一教」の本部となる「天福宮統一教団」を、この時間、お父様の前に奉献することを願い、全霊界が注視し、地にいるあらゆる万民が注視し、さらに、統一教会においては、新しい天の国の建国のための天一国を創建し始めてから10年を迎え、新たに3月を迎える7日前に、この龍山の「天福宮統一教団」の本部としてお父様の前に奉献することを願いますので、この場を見つめ、この場に向かうすべての人たちの心が、いかなる教団を崇拝するものよりも、神様の摂理のみ旨の祭壇を中心とする本部として、天が注視し、天が見つめる標準の前に遜色のない会合の本部として、こぢんまりとしていますが、お父様の前に奉献するこの時間、お喜びの心をおもちになってください。2010年2月21日(天暦1月8日)

 

この「天福宮」(統一教世界本部教会)が現在の「世界平和統一聖殿」の出発点であり、旧約時代のソロモンによる神殿建設摂理の失敗を蕩減復帰し、文鮮明先生のみ言を実現された文亨進様は、中心人物としてアベルの位置を確立されました。

(2)「キリスト王国時代」との摂理的同時性~東西分裂と『真の父母様宣言』~

まず新約時代の「キリスト王国時代」の完成期の時期に起きたことを『原理講論』から確認してみましょう。

チャールズ大帝によって始まったキリスト王国も、三代目に至って、孫たち三人の間に紛争が起こり、そのためこの王国は東、西両フランクとイタリアに三分されたのである。しかし、イタリアは東フランクの支配を受けたので、実際においては、東、西フランク王国に両分されたのと同様であった。(『原理講論』p476)

 

このように、三代目の完成期に王国が東西に分断する出来事が起きていますが、これと摂理的同時性の現象として成約時代に起きた出来事が、「3人の真の子女の対立」です。

これは、3男の顕進様、4男の国進様、7男の亨進様の間で起きたもので、国進様と亨進様は一つになったいたため、実際には顕進様と国進様・亨進様との対立でした。

これに対して文鮮明先生御夫妻は、2010年6月5日に『真の父母様宣言』を発表され、統一教会の後継者は文亨進様であることを明らかにされました。

【『真の父母様宣言』】
「万王の王はお一人の神様、真の父母様もお一人の父母、万世帯の民も一つの血統の国民であり、一つの天国の子女である。天宙平和統一本部も絶対唯一の本部だ。その代身者・相続者は文亨進である。その外の人は、異端者・爆破者である。以上の内容は、真の父母様の宣言文である。」(2010.6.5)

 

この『真の父母様宣言』を真の母の立場と使命から見たとき、法王の立場で文亨進様を国王として祝福したのち、その国王に従い支持したことを意味します。

これをもって「3人の真の子女の対立」は決着し、韓鶴子オモニは真の母としての使命を果たされました。

ところがこのあと、韓鶴子オモニは、国王の立場にいる文亨進様を支え、協助するという立場を離れ、父子一体となっていた文鮮明先生と文亨進様に対して、不信の道を歩むようになってしまうのです。

第5節 文亨進様が中心人物(国王)である理由

(1)「神様王権即位式」と「万王の王神様解放権戴冠式」

天一国摂理の長成期が終わり完成期が始まる2009年1月、3度の「万王の王神様解放権戴冠式」が行われました。

「神様王権即位式」から8年後に行われたこの「万王の王神様解放権戴冠式」は、縦的万王の王であられる神様の実体として万有を統治する横的万王の王真の父母様の戴冠式です。

 

「神様王権即位式」で天法三か条が宣布されたように、この場で文鮮明先生は、以下のような天法の概要を宣布されました。

 天はもうこれ以上、お待ちになりません。ご自身の実体として役事する地上の真の父母を通して天法を立て、万王の王の権限をもって、この地球星を復帰する真の愛の革命を促進化するのです。したがって、人類と万物、万象を探したて、治める天法の概要を、きょうこの厳粛な場を通して万天下に宣布する次第です。

 第一に、3000年に向かって歩んでいるこの時代は、後天開闢の時代です。後天開闢の時代は、これ以上、蕩減復帰原理に束縛されず、万王の王の職権によって霊界と肉界を治める時代です。環太平洋圏が中心軸となり、この地球星を再び原状に戻す摂理の時代です。全人類は、これから天道と天法の枠を抜け出すことができなくなるのです。したがって、皆様の一挙手一投足は、水晶のように清く澄んだ人生にならなければなりません。

 第二に、神様を縦的な絶対軸として、絶対“性”の価値を全人類に教育させる教育革命を完遂しなければなりません。この道だけが人類に善の血統を伝授してあげることができるからです。これが神様の真の家庭理想完成を成す道だからです。純潔、純血、純愛が今後人類の教育理念となるのです。

 第三に、地球星を幾重にも取り巻いているあらゆる垣根と囲いをきれいに燃やしてしまい、政党、宗教、人種、文化、そして国家間の和合と平和を探したてるにおいて、分捧王と父母UNを先頭に立てるのです。カイン格のUNの位置にいる既存のUNとアベルUNが一つになり、新しい次元の父母UN、すなわち平和UNを中心として、戦争、疾病、飢餓など、世界のすべての問題を解決していくのです。天が共にあり、真の父母が共にあるので、人類は選択の余地なく必ずこの道に行くようになります。個人の利己主義はもちろん、集団の利己主義までもきれいに洗い清め、これ以上選挙が必要のない良心と道理に従う世界を創建していくのです。

 第四に、堕落人間の血統を清めてあげ、真の家庭を立て、平和王国を実現する最高最善の方法は、交叉交体祝福結婚しかありません。和解と平和も、気づいてみれば、血筋を通して訪ねてきます。黒人と白人、東洋と西洋、仏教とキリスト教、ユダヤ教とイスラームが、お互いに交叉し、交体しながら、真の父母様が立てた祝福結婚の伝統を受け継いでいけば、この世界は自動的に一つの家族になるのです。「One Family Under God」の理想天国が実現されるのです。銃と大砲を溶かしてすきをつくり、くわをつくる平和の世の中が開かれるのです。

 第五に、神様は、人間をご自身の愛の対象として創造されました。同様に、ご自身の子女である人間のためには、その対象格として自然環境を準備してくださいました。山川草木が欠如した空虚な砂漠に、ご自身の子女たちを捨てておく神様ではないのです。したがって、人類は、自然を保護し、愛してあげるべき義務があります。一輪の野生の花に出会っても、深い心情の対話を交わし、共鳴圏を形成する本然の人性を開発して暮らしなさいというのです。この道が人間回復の近道になります。

 

この戴冠式では、文鮮明先生御夫妻が神様に敬拝を捧げられたのち、真の子女と全人類を代表して文亨進世界会長(当時)御夫妻が文鮮明先生御夫妻に敬拝されます。

そして、文亨進様御夫妻が父子一体となった立場でこの戴冠式に同参されることにより、神様と文鮮明先生御夫妻、文亨進様御夫妻による天の三代圏が確立されたのです。

これは、アブラハムのイサク献祭後、イサクが父アブラハムと共に雄羊を燔祭としてささげ、信仰基台を復帰してアブラハムの使命を継承したことと同じ原理的意味があります。

その証しとして、文鮮明先生御夫妻が文亨進世界会長御夫妻に『平和神經』を下賜され、次のように祝祷をして「真の父母様の祝福」を伝授してくださいました。

 

【祝祷】
「天宙天地父母様安息圏安着即位式において、真の父母様の祝福を伝授いたします。アーヂュ」

 

この祝祷は、真の母の立場から見るとき、上述した法王が国王に対して「霊的な基台を準備し、彼を祝福して、王として立てた」(『原理講論』p475)ことを蕩減復帰する出来事です。

それでは次に、文鮮明先生がこのときに『平和神經』を下賜されたことの摂理的な意味を探ってみることにしましょう。

(2)『平和神經』を下賜されたことの摂理的意味

「万王の王神様解放権戴冠式」が行われる40ヵ月前の2005年9月12日、「天宙平和連合」の創設大会が行われました。

このときの講演文が「平和メッセージ1(神様の理想家庭と平和理想世界王国Ⅰ)」で、それから「平和メッセージ17」までの平和メッセージが収録されているのが『平和神經』です。

文亨進様は、「天宙平和連合」創設から「万王の王神様解放権戴冠式」までの40カ月間、次のような路程を歩まれています。

 2005~6年:世界各地の宗教聖地を訪問
 2007年8月5日:韓国ソウル麻浦教会長就任
 2007年12月1日:韓国ソウル本部教会長就任
 2018年4月18日:「世界平和統一家庭連合」韓国及び世界会長就任

そして、2009年1月、「万王の王神様解放権戴冠式」で『平和神經』を相続されたのです。

これは、モーセが40日断食のあとに神様から十戒を授かったことと同じ原理的意味があります。

 

モーセ:40日断食 ⇒ 十戒

文亨進様:40ヵ月路程 ⇒ 『平和神經』

 

さらに、「万王の王神様解放権戴冠式」から10ヵ月後、2009年11月18日に「天宙平和連合」世界会長に就任されます。

これは、文亨進様が『平和神經』のみ言と一つになられ、成約時代の復帰摂理において中心人物であり実体基台のアベルの立場に立たれたことを意味するのです。

そして、文鮮明先生は、そのような文亨進様に「統一教福」という揮毫を下賜されました。

(3)「統一教福」の揮毫の下賜とその摂理的意味

文鮮明先生が文亨進様に「統一教福」の揮毫を下賜されたのは、「万王の王神様解放権戴冠式」から10ヵ月後の2009年11月23日です。

横的な蕩減復帰摂理の観点から見るとき、これは「神様王権即位式」の10ヵ月後に「天宙平和統一国(天一国)」が宣布されたことと摂理的同時性となる出来事です。

 

「統一教」について文亨進様は、「天宙平和連合」世界会長就任式のときに次のように語られています。

 統一教会は、「世界基督教統一神霊協会」として始まりました。選ばれた国韓国に来られた真の父母様をキリスト教の基盤が受け入れていれば、世界を一時に復帰することができました。しかし、反対と迫害を受け、そのような天の計画が成就されませんでした。
 世の中は私たちを「統一教」と呼びました。しかし、私たちの公式的な名称は「世界基督教統一神霊協会」でした。その後、1994年にお父様が「家庭連合」を創設されました。キリスト教の基盤だけでなく、世界に出ていってすべての人たちを連結できる「家庭連合」の時代を開かれたのです。多くの活動と行事、教育をしました。
 ところが最近、お父様は「統一教」の名称を使って活動しなさいとおっしゃいました。歴史上、蘇生期の「世界基督教統一神霊協会」時代、長成期の「家庭連合」時代を越えて完成期の天一国が安着できる「統一教」時代に入ってきたのです。真の父母様をお迎えしてあらゆる宗教を一つの家庭にする使命を下さいました。(2009年11月18日 「天宙平和連合」世界会長就任式のみ言より)

 

「世界基督教統一神霊協会」の時代は、数多くの教派に分かれたキリスト教を一つにするための時代でした。

そして、「家庭連合」の時代は、神様が臨在できる最小単位の家庭を救い、その基台を確立するための時代でした。

その基盤の上で始まったのが「統一教」の時代であり、心と体を統一し、家庭では父母と子女、夫婦を統一し、宗教を統一する「統一教」し、世界を平和統一するというのが「統一教」です。

文鮮明先生はその「統一教」に「福」をつけ、「統一教」を信じるすべての人たちは福を受けるという意味の揮毫を下さったのです。

「統一教」は、天運と天福を呼び起こす宗教であり、それが今の「世界平和統一聖殿」です。

 

第6節 文鮮明先生の聖和と摂理的同時性への影響

(1)文鮮明先生の聖和とイエス様の十字架の死

①文鮮明先生の聖和は現代の十字架

本来、2013年1月13日の「基元節」において、真の父母様の完成段階の聖婚式が行われるはずでした。

しかし、文鮮明先生が2012年9月3日に聖和され、実体をもって「基元節」を迎え、完成段階の聖婚式を行うことができなくなってしまったのです。

 

では、なぜ文鮮明先生は、何度もその摂理的意義と重要性を強調された「基元節」を地上でお迎えになることができなかったのでしょうか?

原理的かつ摂理的な観点から考えてみるとき、文鮮明先生の聖和は、初臨のメシヤとして来られたイエス様が、使命完遂の途上で十字架で亡くなったことと同時性の出来事であり、現代の十字架と言えます。

それでは、イエス様が十字架に行かれた理由を原理とみ言で確認してみましょう。

 

②イエス様が十字架に行かれた理由

まず、イエス様が十字架の死の道を行かれるようになった理由について、『原理講論』では次のように説明されています。

世界的カナン復帰路程におけるユダヤ民族の信仰の対象は、幕屋の実体として来られたイエスであったので、その弟子たちまでが不信に陥ってしまうと、もうその信仰を挽回する余地はなく、イエスが、「モーセが荒野でへびを上げたように、人の子もまた上げられなければならない」(ヨハネ三・14)と言われたみ言のとおり、その肉身は十字架につけられ、死の道を歩まなければならなくなったのである。(『原理講論』p420)

 

このように、ユダヤ民族と弟子たちの不信によって、イエス様は十字架の道を行かれたのです。

さらに、文鮮明先生は、その不信の内容について次のように語られています。

 皆さんは、イエス様の親戚たちが新婦のための基台を立てることができなかったために、イエス様が十字架にかからなければならなかったことを理解しなければなりません。(『文鮮明先生御言選集』52-199 1971.12.29)

 本心ではいけないと思いながら、マリヤはヨセフと夫婦関係を結ぶようになり、子女をもつことによって、エバの失敗を反復した結果になってしまいました。サタンはこれを条件として、彼らに侵入するようになりました。
 人がサタンの侵入を受ければ、もはや霊的に受けた恩恵と感動を失ってしまい、神様に対する確信と感謝を失うようになり、すべてのものを人間的に考えるようになります。
 これによりマリヤまで、イエス様が願われる結婚に協力できず、かえって反対してしまったのです。これが、イエス様が新婦を迎えられず、そして真の父母になれず、十字架の道を行かざるを得なくなった直接的な原因になったのです。(『文鮮明先生御言選集』277-208 1996.4.16)

 

このみ言から、イエス様が十字架の道を行かれた理由は、新婦を迎えられなかったことであり、それは母マリヤと親戚たちが責任を果たさなかったからだということが分かります。

このようなマリヤと親戚たちの失敗を、成約時代に蕩減復帰する立場にいるのが真の母と祝福家庭たちです。

 

③真の母と祝福家庭の使命

文鮮明先生は、1960年に蘇生段階の聖婚式を行い、2003年に長成段階の聖婚式を行うことによって、蘇生と長成の段階では新婦をお迎えになることができました。

その新婦は真の母となり、最後まで真の父に絶対信仰、絶対愛、絶対服従しなければなりませんが、その立場にいたのが韓鶴子オモニです。

韓鶴子オモニは、蘇生段階のアダム家庭のエバ(アダムの新婦でありアベルの母)、長成段階のイエス時代の新婦とマリアの立場と使命を横的に蕩減復帰し、完成段階の新婦と真の母の立場に立たなければなりませんでした。

そして、イエス様の親戚の立場で氏族基盤を造成しなければならなかったのが祝福家庭です。

 

④真の母と祝福家庭の不信

文鮮明先生は、1989年1月3日に「氏族メシヤ権宣布」をされ、すべての祝福家庭を氏族メシヤとして立てて環故郷の摂理をされました。

さらに、1992年4月10日、韓鶴子オモニを総裁として「世界平和女性連合」を創設されました。

そのときから20年以上の期間が経過してもその使命が果たされなかった結果、2012年5月から7月、「基元節と祖国光復のための新氏族的メシヤ3600名30日特別教育」が行われ、祝福家庭たちがもう一度、氏族メシヤの立場に立てられました。

しかし、一度失敗した人物を再び中心人物として立てることはできないのが原理ですから、サタンはそれを讒訴するようになりました。

さらに、2012年7月16日には「アベル女性UN」が創設されますが、この「アベル女性」とはどういう意味でしょうか?

朝鮮半島の統一がその創設趣旨だった「世界平和女性連合」は、その責任を果たせずにサタンに侵入され、そのサタンを分立するためにアベル女性とカイン女性に分立されたことから、「アベル女性」と命名されたと考えることができます。

これは「世界平和女性連合」の中心である韓鶴子オモニにもサタンが侵入し、新婦と真の母の位置をサタンに奪われたことを意味します。

したがって、イエス様のときと同じように、真の母と祝福家庭が責任を果たせず、新婦を失われた文鮮明先生は、その蕩減復帰の代価として、ご自身の肉身を捧げられたということになります。

以上のように、文鮮明先生の聖和は現代の十字架であり、真の母と祝福家庭たちの不信によって生じたことだったのです。

(2)文鮮明先生の聖和が摂理的同時性に与えた影響

イエス様は十字架上で「すべてが終った」(ヨハネ一九・30)と語られましが、文鮮明先生も地上での最後の祈祷で「すべて成し遂げました」(天暦6月26日・陽暦8月13日)と祈られています。

イエス様の「すべてが終った」というみ言の意味について、『原理講論』では次のように説明されています。

 イエスが十字架上で「すべてが終った」(ヨハネ一九・30)と、最後のみ言を残されたのは、十字架上で救いの摂理の全目的が完成されたという意味ではない。ユダヤ人たちの不信は、もはや、取り返すことができないものであると悟られたので、その後、肉的救いは再臨後の摂理として残し、せめて霊的救いの摂理の基台だけでも造成なさるために、十字架の路程を行かれたのである。
 それゆえに、「すべてが終った」と言われたみ言は、ユダヤ人たちの不信により、第二次的な救いの摂理の目的として立てられた十字架による霊的救いの摂理の基台が、すべて終わったということを意味するのである。(『原理講論』p191)

 

このことから、文鮮明先生の最後の祈祷は、真の母と祝福家庭の不信によって実体で「基元節」を行うことができなくなったとしても、それを延長して再び摂理できる基台の造成はすべて成し遂げたという意味になります。

結果的に2013年1月13日の「基元節」は偽りの「基元節」となり、文鮮明先生が霊界に行かれ、新婦と真の母の立場を離れた韓鶴子オモニが地上に残ることによって、成約時代の復帰摂理の中心が天と地に分断され、「天地王権分立時代」が訪れるようになっていきます。

 

 

そして、文鮮明先生の聖和から3年後の2015年8月30日(天暦7月17日)、文亨進二代王様を中心に真の「基元節」が定められ、さらに5年後の2017年9月23日(天暦8月4日)に「天地人真の父母天宙完成祝福聖婚式」が行われます。

このように、成約時代の摂理的同時性は、「天地王権分立時代」以降、文鮮明先生の聖和を基点として摂理が展開していくことになります。

まとめ

 

【天一国時代】(2001年~2013年⇒2012年9月)※陽暦

真の父母を中心として、祝福家庭たちが成約時代の神主権の王国である「天宙平和統一国(天一国)」を創建する時代です。

 

【キリスト王国時代と天一国時代の同時性的現象】

①修道院と法王と国王 ⇒ 清平と韓鶴子オモニと文亨進様

②ソロモンの神殿建設 ⇒ 文亨進様の「天福宮」建設

③三代目の対立と分裂 ⇒ 真の子女の対立と分裂

 

以上で「天一国時代」の解説を終ります。次回は「天地王権分立時代」についての解説になります。

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