【今回深掘りする原理のみ言】
善悪の実を取って食べるなという善のみ言を、神はアダムに伝え、アダムはこれをエバに伝え、エバは天使長に伝えて、善を繁殖すべきであった。しかるにこれとは反対に、天使長は取って食べてもよいという不義の言葉をエバに伝え、エバはそれをアダムに伝えて堕落したので、「罪を繁殖する堕落性」が生じた。(『原理講論』p296)

 

神様が「おいおい、アダムとエバよ。善悪の実を取って食べてはいけないよ」というようなイメージをもっている人もいるかもしれません。

聖書の創世記の1章と2章には天地創造の過程が繰り返し記述されていますが、それを見るとエバは神様から直接戒めを聞いていないことが分かります。

エバがどういう経路で神様の戒めのみ言を聞いたのかということは、アダムとエバの堕落を理解するうえで大切なポイントの一つです。

それでは、この戒めのみ言の伝達経路について確認してみましょう。

戒めのみ言伝達経路のイメージ

「統一原理」の堕落論の講義を受けた人の中には、漠然とこんなイメージをもっている方もいるのではないでしょうか?

神様:おいおい、アダムとエバよ。善悪を知る木からは取って食べてはいけないよ。取って食べると死んでしまうから。

アダムとエバ:はい、神様。分かりました!

 

『原理講論』にも神様がアダムとエバに戒めを与えたという記述が複数箇所ありますので、こういったイメージをもつ方もいるでしょう。

創世記に見る戒めのみ言の伝達経路

主なる神は人を連れて行ってエデンの園に置き、これを耕させ、これを守らせられた。主なる神はその人に命じて言われた、「あなたは園のどの木からでも心のままに取って食べてよろしい。しかし善悪を知る木からは取って食べてはならない。それを取って食べると、きっと死ぬであろう」。また主なる神は言われた、「人がひとりでいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう」。そして主なる神は野のすべての獣と、空のすべての鳥とを土で造り、人のところへ連れてきて、彼がそれにどんな名をつけるかを見られた。人がすべて生き物に与える名は、その名となるのであった。それで人は、すべての家畜と、空の鳥と、野のすべての獣とに名をつけたが、人にはふさわしい助け手が見つからなかった。そこで主なる神は人を深く眠らせ、眠った時に、そのあばら骨の一つを取って、その所を肉でふさがれた。主なる神は人から取ったあばら骨でひとりの女を造り、人のところへ連れてこられた。そのとき、人は言った。「これこそ、ついにわたしの骨の骨、わたしの肉の肉。男から取ったものだから、これを女と名づけよう」。創世記2:15~23

 

創世記を見てみると、神様が戒めを語られたのはアダムに対してで、エバに語れた場面はありません。

エバがつくられたのは、神様がアダムに戒めのみ言を与えたその後になっています。

ということは、エバは神様から直接戒めのみ言を受けたわけではないということになりますね。

ではなぜ、神様がアダムとエバの二人に直接戒めを語られたようなイメージをもってしまうことがあるのでしょうか?

神様がアダムとエバに下さった二つのみ言

創世記には神様の創造過程が1章と2章の二度に渡って描写されていますが、そこでは神様が人間に対して二つのみ言を下さっています。

一つは「生めよ、ふえよ、地に満ちよ」という祝福のみ言、二つ目が先ほど紹介した「取って食べてはならない」という戒めのみ言です。

それでは、祝福のみ言を語られた場面について、創世記の1章を見てみましょう。

神はまた言われた、「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」。神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。神は彼らを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」。創世記1:26~28

 

こちらを見てみると、祝福のみ言を下さったのは男と女の創造、つまりアダムとエバを創造したあとになっていますね。

この創世記の1章と2章の出来事を時系列で整理してみるとこのようになります。

 

アダムの創造 ⇒ 戒めのみ言 ⇒ エバの創造 ⇒ 祝福のみ言

 

創世記の1章ではアダムとエバの二人に対して神様は祝福のみ言を下さっています。

このことから、戒めのみ言も二人に対して直接語られたようなイメージをもってしまうのではないでしょうか。

エバに戒めのみ言を伝えたのはアダム

エバが誰から戒めのみ言を聞いたのかについて『原理講論』では次のように記述されています。

善悪の実を取って食べるなという善のみ言を、神はアダムに伝え、アダムはこれをエバに伝え、エバは天使長に伝えて、善を繁殖すべきであった。しかるにこれとは反対に、天使長は取って食べてもよいという不義の言葉をエバに伝え、エバはそれをアダムに伝えて堕落したので、「罪を繁殖する堕落性」が生じた。(『原理講論』p296)

 

このように、エバは神様から直接戒めのみ言を聞いたのではなく、アダムを通して聞いたことが分かります。

それでは、神様は、祝福のみ言は二人に語ってくださったのに、なぜ戒めのみ言はアダムにだけ語られたのでしょうか?

神様はなぜアダムにだけ戒めのみ言を下さったのか?

創造原理的理由

まず創造原理の観点、つまりアダムは主体、エバは対象ということから考えてみます。

神様を中心とする主体と対象の関係について、『原理講論』から引用します。

主体と対象とが授受作用をするようになれば、その対象は主体を中心として互いに回転して、円形運動をするようになるから合性一体化する。また、これと同一なる原理によって、その主体は神の対象となり、神を中心として回転して神と合性一体化し、また、その対象が、このような主体と合性一体化するようになるとき、初めてその合性体は、神の二性性相に似た実体対象となる。このように、その対象は、その主体と合性一体化することによって、初めて神の対象となることができるのである。(『原理講論』p55)

 

このように創造原理には、対象は神様と一体となった主体と一つになってはじめて神様の対象になるという原理があります。

ですから、対象のエバは、アダムを通して神様の戒めのみ言を受け、アダムと一つになってはじめて神様の対象になるわけです。

このような創造原理があるために、神様はアダムにだけ戒めのみ言を下さったのだと考えることができます。

復帰原理的理由

次に復帰原理の観点から考えてみると、『原理講論』には次のような記述があります。

エバが堕落したとしても、もしアダムが、罪を犯したエバを相手にしないで完成したなら、完成した主体が、そのまま残っているがゆえに、その対象であるエバに対する復帰摂理は、ごく容易であったはずである。(『原理講論』p111)

 

堕落とは神様の血統からサタンの血統になってしまったことですが、神様の血統をもっているのはアダムです。

ですから、たとえエバが堕落してしまったとしても、アダムが戒めのみ言を守れば、神様の血統がそのまま残ります。

神様の血統が残っていれば、堕落してしまったエバを復帰することはそれほど難しくなかったということですね。

これが復帰原理的な観点から見た、神様がなぜアダムにだけ戒めのみ言を下さった理由だと考えることができます。

まとめ

以上のような原理的理由から、神様はアダムに対して戒めのみ言を下さり、エバにはアダムを通して戒めのみ言を伝えたのだと考えることができます。

そして、このことはアダムとエバが堕落してしまった理由を考える上で重要なポイントの一つになります。

なぜなら、天使長のルーシェルは神様の創造の過程をすべて知っていましたので、当然戒めのみ言をエバは神様ではなくアダムから聞いたことを知っていたからです。

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