【今回のみ言】
 私が途中でどうなるか分からないではないですか。ですから『原理原本』を起草しておいたのです。詩文のように書きました。私が知っていることを抜き出して書いたので、説明しなければよく分からないというのです。そのように起草して、原理の本を出版したのが1950年でしたか?(「1952年5月初めです」)。それが『原理原本』です。(『文鮮明先生御言選集』549-211 2006.12.26)

 

先回は、日本サンクチュアリ教会伝道復興委員会の主催による『原理原本』日本語翻訳プロジェクトがスタートしたことをお知らせしました。

今回は、『原理原本』に関する文鮮明先生のみ言を紹介しながら、『原理原本』日本語翻訳プロジェクトの摂理的意義を解説します。

『原理原本』について

文鮮明先生は、1951年5月11日に『原理原本』の執筆に入られ、翌年の5月10日に完了されました。

『原理原本』は、「記録第1巻」から「記録第5巻」に分けて記述され、合計690ページ以上に達します。

文鮮明先生が自筆で作成されたという点、そして現存する最初の原理記録であるという点で、『原理原本』は天宙的な価値をもっていると言うことができます。

『原理原本』に関する文鮮明先生のみ言

文鮮明先生は『原理原本』について、真理の真髄を圧縮して記録したものであるため、事実的表現よりは詩的表現を用いて記述せざるを得なかったと語られています。

以下に、文鮮明先生が『原理原本』について語られた主なみ言をご紹介します。

 先生が『原理原本』を書くとき、詩的に書いたので、一枚に数十枚の内容を編成しておきました。一般の人たちには理解できません。 (『文鮮明先生御言選集』415-182 2003.8.14)
 『原理原本』は詩文です。圧縮して書いたというのです。それを(劉孝元に)1ページ翻訳しなさいというと、21ページに増えたのです。そのように圧縮したものです。それを私が3ページ以内にさっと結論づけると、「ああ、先生!お仕えします」と言ったというのです。先生のみ言には含蓄性が多いのです。(『文鮮明先生御言選集』510-256 2005.10.9)
 先生の原理の本は一つしかありません。『原理原本』として書いたものが5巻で700ページ近いものですが、銀行に置いておいたものをきのうもってきました。ここ博物館に保管しなければなりません。
 先生が残した貴いみ言は、これと共に連結し、関係しているので、一ヶ所に集めて世界最高の学者たちが集中的に研究しなければならないというのです。(『文鮮明先生御言選集』590-247 2008.5.22)
 皆さんが原理の本を外に持ち歩くときには、度が過ぎるほど大切に思って行かなければなりません。仮にこの本が一冊しかないと考えてみてください。ですから、先生がこの本の原稿を草案するとき、その原稿の管理をどれほど深刻にしたかを考えてみなさいというのです。
 もしそれがなくなり、私が死んでしまったらどうなるでしょうか? 世界が行ったり来たりするのです。皆さん、そのようなことを考えてみましたか?
 この原理の本一冊で一族が栄えたり滅んだり、一国が栄えたり滅んだり、この世界が栄えたり滅んだり、天地が栄えたり滅んだり、永遠の命が行ったり来たりすることを、考えてみたことがあるのかというのです。
 そのようなことを考えることもできなかった人たちが、心情世界の様々な人たちと連結しようとすれば、どれほど遠いかを考えてみなさいというのです。 (『文鮮明先生御言選集』73-65 1974.7.29)
 原理を中心として、原理とともに今このくらいまできました。苦労で築かれた基盤です。原理の本には、血と汗と涙が入り混じっています。それを知らなければなりません。
 ページごとの内容に入り混じっている先生の血の涙が、皆さんたちのような若者に訴えかけていることを知らなければなりません。先生が若い青春を犠牲にして投入したのです。
 血と涙が皆さんに訴えかけているというのです。そこに引っ掛かってはいけません。無価値な原理ではありません。神様が粛然として頭を下げるのです。仰ぎ見る原理です。 (『文鮮明先生御言選集』199-54 1990.2.15)

 

このほかにも文鮮明先生は、本然の心情を通して愛の力を爆発させることができる歴史性を備えたみ言が『原理原本』であると語られています。

『原理原本』と『原理講論』の比較から見たみ言を中心とする摂理

『原理原本』と『原理講論』を比較すると、誰にでも確認できる相違点として以下の三つを挙げることができます。

 

『原理原本』
執筆者:文鮮明先生
完成日:1952年5月10日執筆完了
日本語版:なし

『原理講論』
執筆者:劉孝元先生
完成日:1966年5月1日初版発行
日本語版:あり(1967年10月2日初版発行)

 

『原理講論』は、『原理原本』の執筆完了から14年後に初版が発行されています。

そして、『原理原本』は、再臨摂理が始まった1945年から7年目に執筆が終えられています。

このことから、1945年から1966年まで、再臨のメシヤの摂理において、み言を中心とする21年路程があったことになります。

ここで『原理講論』の執筆が劉孝元先生になり、『原理原本』の日本語版が制作されなかった摂理的な理由が見えてきます。

まず、『原理原本』を完成するための7年路程がサタンに奪われて延長し、それを蕩減復帰する第2次7年路程(1953~59年)がありました。

そして、第3次7年路程(1960~66年)を経て『原理講論』が発行されるようになったわけです。

文鮮明先生が直接執筆された『原理原本』のための7年路程がサタンに侵入されたため、『原理講論』は文鮮明先生の代わりに劉孝元先生が執筆されるようになったと考えることができます。

また、日本語版『原理講論』は、韓国語版『原理講論』が発行された翌年、約1年半後に発行されています。

ですから、もし再臨のメシヤによるみ言を中心とする摂理が延長されていなければ、『原理原本』執筆完了の数年後に日本語版が完成していたかもしれません。

『原理原本』日本語翻訳プロジェクトの摂理的意義

『原理原本』日本語翻訳プロジェクトは、文鮮明先生が聖和されてから7年を経た基台の上で始まります。

昨年(2019年)、長年にわたり『原理原本』の資料を大切に保管されてきた韓国の方が『原理原本』を書籍化され、それを「世界平和統一聖殿」にもってきてくださいました。

これは、再臨のメシヤによるみ言を中心とする第1次7年路程(1945~52年)が、真の家庭三代王権の勝利圏により蕩減復帰されたことを意味しています。

つまり、第1次7年路程(1945~52年)では、文鮮明先生直筆の『原理原本』の相対として立つべき日本語版『原理原本』を制作することができませんでした。

しかし今回、「世界平和統一聖殿」に『原理原本』が取り戻され、その相対となる日本語版『原理原本』を制作できるようになったわけです。

このような摂理的勝利基台の上でスタートするのが『原理原本』日本語翻訳プロジェクトです。

 

日本語版『原理原本』と康賢實真のお母様

先回の記事でお伝えしたように、『原理原本』の執筆が完了した1952年5月10日、康賢實真のお母様が初めて文鮮明先生のもとを訪ねられました。

日本語版『原理原本』及び日本語版『原理講論』は、韓国語版に対して相対の立場ですので、「真のお母様」の復帰摂理と連動していると見ることもできます。

『原理原本』及び『原理講論』と「真の母」の観点から、成約時代のみ言を中心とする摂理を時系列で整理してみると、次のようになっています。

 

第1のお母様の摂理延長 ⇒日本語版『原理原本』未制作

第2のお母様の摂理延長 ⇒日本語版『原理解説』未制作

第3のお母様の7年路程勝利 ⇒日本語版『原理講論』発行(1967.10.2)

第3のお母様の不信 ⇒日本語版『原理講論』排除
  ※「8大教材教本」から『原理講論』を外して「天一国3大経典」を制作

康賢實真のお母様の勝利 ⇒日本語版『原理原本』の制作

 

康賢實真のお母様は、2019年3月6日に聖和されるまで、文鮮明先生に対する絶対信仰、絶対愛、絶対服従を生涯にわたって貫かれました。

これもまた、真の家庭三代王権による勝利圏の一つであり、この勝利基準があったために、その恩恵として日本に日本語版『原理原本』が与えられるようになったのではないでしょうか。

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