【今回深掘りする原理のみ言】
 黙示録五章1節以下のみ言を見ると、神の右の手に、その内側にも外側にも文字が書かれてあり、七つの封印で封じられた巻物があるのであるが、しかし、天にも地にも地の下にも、この巻物を開いて、それを見るにふさわしい者が、一人もいなかったので、ヨハネは激しく泣いたとある。
 そのときに小羊(イエス)が現れて、み座におられる方の右の手から巻物を受けとって(黙五・7)、その封印を一つずつ解きはじめられたのである(黙六・1)。(『原理講論』p585)

 

文鮮明先生を再臨のメシヤと信じ、真の父母として侍る人たちにとって、『原理原本』の天宙的な価値については、議論するまでもありません。

今回は、宗教の経典という観点から『原理原本』がどのような価値があるのかを探ってみることにします。

そして、『原理原本』という名称は文鮮明先生が命名されたものですが、なぜそのように命名されたのかについても考察してみたいと思います。

『原理原本』が現存することの価値

キリスト教の新約聖書も、仏教の諸経典も、創始者が亡くなった数百年後に定められたもので、創始者の直筆による書物は一つも存在していません。

また、イエス様はアラム語で語られていましたが、新約聖書の原典はギリシャ語で書かれています。

一つの言語を他の言語に翻訳するさい、その意味するところを100%再現することはほぼ不可能です。

その意味で、文鮮明先生の在世時に、『文鮮明先生御言選集』と『原理講論』が韓国語で出版され、なおかつ直筆の『原理原本』が現存していることは、表現できないほどの価値があります

文鮮明先生が語られた言語でそのままみ言を読み、理解できることは、私たちにとって、復帰摂理歴史の勝利圏によるこれ以上ない時代的な恩恵であり、天の恵みです。

したがって、『原理原本』の存在価値は、文鮮明先生の直筆によるものであること、そしてそれが韓国語で記述されていることにあると言えます。

現存する『原理原本』の資料

(1)『原理原本』の前身

『原理原本』の前身ともいえるみ言集として、『円和園理想』というものがあります。

これは興南監獄時代、文鮮明先生が語られたみ言を朴正華氏が記録したものです。

1200枚にも及ぶ分量だったそうですが、その後、朴正華氏が所持し、彼が亡くなったあと、誰にも引き継がれることなく遺族が管理していると思われます。

(2)『原理原本』の資料

『原理原本』の内容を確認できる資料として現存しているのは、文鮮明先生直筆の本をスキャンした画像資料と第一系譜に分類される写本です。

第一系譜に分類される写本としては、姜賢実先生(当時)の写本、金元弼先生の写本、劉孝元先生の写本の三つがあります。

(3)最初に筆写されたのは康賢實真のお母様

『原理原本』は全五巻で構成されていますが、第一系譜に分類される三つの写本は、それぞれ以下の時期に筆写されています。

 

■姜賢実先生の写本
(第1次筆写:1952年7~8月 第一巻から第三巻)
(第2次筆写:1953年12月12日~20日 第四巻から第五巻)

■金元弼先生の写本
(1953年9月~完了時期不明 第一巻から第三巻まで)

■劉孝元先生の写本
(1953年11月24日~12月23日 第一巻から第五巻まで)

 

このように、文鮮明先生が1952年5月11日に『原理原本』の執筆を完了されたのち、人類史上、最初に『原理原本』を筆写されたのは康賢實真のお母様です。

2001年6月、康賢實真のお母様のご自宅で行われたインタビューによると、1952年7月から8月、筆写のために『原理原本』を借りられ、その後、文鮮明先生にお返ししたそうです。

最初から最後まで、文鮮明先生とそのみ言に対する絶対信仰、絶対愛、絶対服従を貫かれた信仰姿勢は、私たちの手本であり目指すべき境地です。

名称に対する考察:なぜ「原本」なのか?

(1)「原本」と「稿本(こうほん)」の意味とその違い

実際の文献に記されたタイトルは「記録 第一巻~第五巻」ですが、文鮮明先生は『原理原本』と命名されました。

 

「原本」という言葉の意味を辞書で確認してみると、次のようになっています。

 

・原本
①もと。根本。
②写し・抄録・改訂・翻訳などをする前のもとの書物や書類。
③一定の内容を示すために、確定的なものとして、最初に作った文書。正本・謄本・抄本のもと。[広辞苑 第七版]

 

「原本」とは、確定的なものとして最初に作られた文書のことを意味し、必ずしも書籍や直筆のものとは限りません。

一方で、直筆の書籍を意味する言葉に「稿本(こうほん)」という言葉があり、その意味は次のとおりです。

 

・稿本(こうほん)
①下書きの本。著述の草稿。草稿本。原稿本。
②手書きした本。[広辞苑 第七版]

 

上記の意味から、現存する『原理原本』は、「原本」というより「稿本」の意味に近いものです。

しかし、文鮮明先生は『原理原本』と命名されているので、その意味するところを考えてみたいと思います。

(2)天にある「原本」が「稿本」の形で地に顕現したのが『原理原本』

まず、冒頭で紹介した『原理講論』の一節をもう一度見てみましょう。

 黙示録五章1節以下のみ言を見ると、神の右の手に、その内側にも外側にも文字が書かれてあり、七つの封印で封じられた巻物があるのであるが、しかし、天にも地にも地の下にも、この巻物を開いて、それを見るにふさわしい者が、一人もいなかったので、ヨハネは激しく泣いたとある。
 そのときに小羊(イエス)が現れて、み座におられる方の右の手から巻物を受けとって(黙五・7)、その封印を一つずつ解きはじめられたのである(黙六・1)。(『原理講論』p585)

 

この内容を見ると、天にある巻物にはすでに文字が書かれているのですが、問題なのは、その封印を解いて巻物を地上で開く人がいないことです。

それを成し遂げるのが正にメシヤであり、そのメシヤを通して天の巻物の内容がみ言として地上に顕現するわけです。

これに関して語られた文鮮明先生のみ言をいくつかご紹介しましょう。

先生のみ言を聞くのが訓読会ですが、これは先生のみ言ですか、天の国のみ言ですか。天の国のみ言です。私の言葉ではありません。(『文鮮明先生御言選集』336-57 2000.10.8)

 

皆さんが訓読会をして先生のみ言をすべて知っているようですが、検証してまた検証してみなければなりません。語ったことは宇宙的な宣布なので、それをどのくらい成し遂げたのかを鑑定しなければならないのです。検証して精誠を尽くすのです。それは先生の言葉ではありません。人類に対する宣言文です。神様がこの地に対して語った宣言文なのです。(『文鮮明先生御言選集』360-39 2001.11.9)

 

影のない正午定着の位置を求めていくための教本と教材が今までなかったのです。最後に皆さんに残してあげるこの教本、教材(『八大教材教本』)は、決して文総裁の言葉ではありません。私の思いで語った言葉が一つも入っていません。この教材は誰の言葉でしょうか。完全に神様のみ言です。(2010年1月29日)

 

以上のことから考えると、『原理原本』は、目に見える実体としては文鮮明先生の直筆によるものですが、その本質は天にある「統一原理」の「原本」であると言うことができます。

それは、ちょうど七つの封印が解かれて天の巻物が地に現われるのと同じです。

したがって、天にある「統一原理」の「原本」が、文鮮明先生によって「稿本」というかたちで地上に現われたものであるがゆえに『原理原本』と命名されたのではないでしょうか?

 

※参照資料
2001年度学位論文「『原理原本』に対する総論的考察」鮮文大学校神学大学院 チョン・チンワン氏

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