【原語で『原理講論』を読むプロジェクト活動報告】

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先日の3月19日木曜日、【原語で『原理講論』を読むプロジェクト】として、第11回目の韓国語『原理講論』訓読会を行いました。

訓読したみ言の中で、もう少し原文に近い日本語にしたほうが良いかもしれないと思われる箇所をピックアップしてみました。

現在の日本語訳と韓国語原文の直訳文とを比べて、意味やニュアンスの違いなどに注目してみてください。

■第11回韓国語『原理講論』訓読会

日付:2020年3月19日木曜日
場所:東京日暮里の某会議室
訓読:韓国語『原理講論』本文p143~158(終末論~メシヤ論)

■今回の訓読で確認した日本語『原理講論』の修正検討箇所一覧

(1)日本語『原理講論』p169の8行目

【日本語】
例をあげれば、人間がいまだ蒙昧にして、真理を直接受け入れることができなかった旧約前の時代においては、真理の代わりに、供え物を捧げるように摂理されたのであり、そして人間の心霊と知能の程度が高まるにしたがって、モ-セの時代には律法を、イエスの時代には福音を下さったのである。

【韓国語】
예를 들면, 인간이 아직도 몽매하여 진리를 직접 받을 수 없었던 구약 전 시대에는 진리 대신으로 제물을 드리게 하셨고, 인간의 심령과 지능의 정도가 높아짐에 따라 모세 때는 율법을, 예수님 때는 복음을 주셨다.

【韓国語原文の直訳】
例をあげれば、人間がいまだ蒙昧にして、真理を直接受けることができなかった旧約前の時代には、真理の代わりに、供え物を捧げるようにされたのであり、人間の心霊と知能の程度が高まるにしたがって、モ-セの時は律法を、イエス様の時は福音を下さったのである。

(2)日本語『原理講論』p172の7行目

【日本語】
(二)終末に際して我々がとるべき態度

【韓国語】
Ⅱ. 말세에 처한 우리들이 취할 자세

【韓国語原文の直訳】
(二)末世に置かれている我々がとる姿勢

(3)日本語『原理講論』p173の9行目

【日本語】
この摂理は古い時代の因習に陥っている人々には、なかなか納得ができないのである。

【韓国語】
이 섭리는 낡은 시대의 인습에 젖은 사람에게는 좀처럼 납득되지 않는다.

【韓国語原文の直訳】
この摂理は古い時代の因習に染まった人には、なかなか納得できないのである。

(4)日本語『原理講論』p173の後ろから2行目

【日本語】
それゆえに、イエスが初臨のときに、ユダヤ人たちからベルゼブル(悪霊のかしら)の乗り移った人間として、排斥されたように(マタイ一二・24)、再臨のときにおいても、必ずや再びキリスト教信徒たちの排斥を受けるに相違ないのである。

【韓国語】
그렇기 때문에 그는 초림 때에 유대인들로부터 바알세불이 접한 사람으로 몰렸듯이(마 12 : 24), 재림 때도 틀림없이 기독교 신도들에게 몰림을 당할 것이다.

【韓国語原文の直訳】
それゆえに、彼は、初臨のときに、ユダヤ人たちからベルゼブルが接した人として追われたように(マタイ一二・24)、再臨のときも、間違いなくキリスト教信徒たちに追われるのである。

(5)日本語『原理講論』p175の5行目

【日本語】
そして探しだしたその真理が、果たして自分の体の内で神霊と一つになり、真の天的な喜びを、心霊の深いところから感ずるようにしてくれるかどうかを確認しなければならないのである。

【韓国語】
그리하여 찾아진 그 진리가 완전히 자기의 몸에서 신령과 하나되어 진정한 천적인 기쁨이 심령의 깊은 곳에서 용솟음치게 하여 주는가를 확인하지 않으면 안 된다.

【韓国語原文の直訳】
そして探しだされたその真理が、完全に自分の体で神霊と一つになり、真の天的な喜びが、心霊の深いところから湧きあがるようにしてくれるかを確認しなければならないのである。

(6)日本語『原理講論』p177の3行目

【日本語】
このようなメシヤとして来られた方が、まさしくイエス・キリストであるが、このキリストという言葉は、メシヤと同じ意味のギリシャ語であって、普通、救世主という訳語が当てられている。

【韓国語】
이러한 메시아로 오셨던 분이 바로 예수 그리스도이신데, 이 ‘그리스도’란 말은 메시아와 같은 뜻의 헬라어로서 보통 구세주로 통한다.

【韓国語原文の直訳】
このようなメシヤとして来られた方が、まさしくイエス・キリストでいらっしゃるが、このキリストという言葉は、メシヤと同じ意味のギリシャ語であって、普通、救世主として知られている。

(7)日本語『原理講論』p178の1行目

【日本語】
イエスがメシヤとして降臨された目的は、堕落人間を完全に救おうとするところにあるので、結局、復帰摂理の目的を成就なさるためであった。ゆえに、イエスは天国を完成しなければならず、したがって、地上天国を先に実現なさるはずだったのである。

【韓国語】
예수님이 메시아로 강림하셨던 목적은 타락인간을 완전히 구원하시려는 데 있었던 것이므로, 결국 복귀섭리의 목적을 이루시려는 데 있었던 것이다. 그러므로 예수님은 천국을 이루셔야 했던 것이며, 따라서 지상천국을 먼저 이루셔야 했었다.

【韓国語原文の直訳】
イエス様がメシヤとして降臨された目的は、堕落人間を完全に救援しようとするところにあったので、結局、復帰摂理の目的を成し遂げようとされるところにあったのである。ゆえに、イエスは天国を成し遂げなければならなかったのであり、したがって、地上天国を先に成し遂げられなければならなかったのである。

(8)日本語『原理講論』p179の4行目

【日本語】
また、この人間は、原罪がないので、再び贖罪する必要がなく、したがって、救い主が不必要であり、堕落人間に要求される悔い改めの祈祷や、信仰の生活も、また必要ではないのである。そればかりでなく、原罪のないこれらの人間は、原罪のない善の子孫を生み殖やすようになり、したがって、その子孫も贖罪のための救い主は必要がないのである。

【韓国語】
그리고 이러한 인간은 원죄가 없으므로 다시 속죄할 필요가 없고, 따라서 구주가 필요 없게 되며, 타락인간에게 요구되는 기도나 신앙의 생활도 역시 필요 없게 된다. 그뿐 아니라 이러한 인간들에게는 원죄가 없으므로 그들은 원죄 없는 선의 자손을 번식하게 되며, 따라서 그 자손들에게도 속죄를 위한 구주가 필요 없게 된다.

【韓国語原文の直訳】
そして、このような人間は、原罪がないので、再び贖罪する必要がなく、したがって、救い主が必要なくなり、堕落人間に要求される祈祷や、信仰の生活も、やはり必要なくなるのである。そればかりでなく、このような人間たちには原罪がないので、彼らは原罪のない善の子孫を繁殖するようになり、したがって、その子孫たちにも贖罪のための救い主が必要なくなるのである。

(9)日本語『原理講論』p181の1行目

【日本語】
我々はまず、聖書に表された使徒たちの言行を中心として、イエスの十字架の死が必然的なことであったかどうかということについて調べてみることにしよう。

【韓国語】
우리는 먼저 성경상에 나타난 사도들의 언행을 중심삼고 예수님의 십자가의 죽음이 당연한 것이었던가 하는 것을 알아보기로 하자.

【韓国語原文の直訳】
我々はまず、聖書上に現われた使徒たちの言行を中心として、イエス様の十字架の死が当然なことであったかということを調べてみることにしよう。

(10)日本語『原理講論』p181の2行目

【日本語】
使徒たちがイエスの死に対して、共通に感ずるはっきりとした一つの情念がある。それは、彼らがイエスの死を恨めしく思い、悲憤慷慨したということである。彼らは、イエスを十字架につけたユダヤ人たちの無知と不信とに憤慨して、その悪逆無道な行為を呪った(使徒七・51~53)。

【韓国語】
사도들이 예수님의 죽음에 대하여 공통적으로 느낀 뚜렷한 하나의 정념이 있었으니, 그것은 그들이 예수님의 죽음을 억울하게 여김으로써 분개하고 서러워했다는 것이다. 그들은 예수님을 십자가에 내준 유대인들의 무지와 불신을 통분히 여겼으며, 그들의 행위를 패역무도한 것으로 여겨 저주하였다(행 7 : 51∼53).

【韓国語原文の直訳】
使徒たちがイエス様の死に対して、共通的に感じたはっきりとした一つの情念があったが、それは、彼らがイエス様の死を無念に思い、憤慨して悲しんだということである。彼らは、イエス様を十字架につけたユダヤ人たちの無知と不信を痛憤し、彼らの行為を悪逆無道なものとして呪った(使徒七・51~53)。

(11)日本語『原理講論』p181の後ろから4行目

【日本語】
神は、アブラハムの子孫からイスラエル選民を召し、彼らを保護育成され、ときには彼らを苦難と試練を通して導かれた。また、多くの預言者たちを彼らに遣わして慰めながら、将来、メシヤを送ることを固く約束されたのである。

【韓国語】
하나님은 아브라함의 후손에서 이스라엘 선민을 부르시어 저들을 보호 육성하시고, 때로는 그들을 고난과 시련으로써 인도하셨다. 그리고 많은 선지자들을 그들에게 보내시어 위로하시며 장차 메시아를 보내실 것을 굳게 약속하셨던 것이다.

【韓国語原文の直訳】
神は、アブラハムの子孫からイスラエル選民を召し、彼らを保護育成され、ときには彼らを苦難と試練によって導かれた。そして、多くの預言者たちを彼らに遣わして慰労され、将来、メシヤを送ることを固く約束されたのである。

(12)日本語『原理講論』p182の1行目

【日本語】
特に、洗礼ヨハネに対しては、彼が懐胎されるとき、天使が現れて証した事実をユダヤ人たちはみな知っていたし(ルカ一・13)、彼が生まれたときの奇跡は、当時のユダヤ国中を大きく驚かせた(ルカ一・63~66)。

【韓国語】
특히 세례 요한에 대해서는 그가 잉태될 때 천사가 나타나서 증거한 사실을 유대인들이 다 알고 있었고(눅 1 : 13), 그가 출생할 때에 되어진 기사는 당시의 유대 성중을 크게 놀라게 하였다(눅 1 : 63∼66).

【韓国語原文の直訳】
特に、洗礼ヨハネに対しては、彼が懐胎されるとき、天使が現れて証した事実をユダヤ人たちがみな知っていたし(ルカ一・13)、彼が出生するときになされた奇跡は、当時のユダヤ城中(じょうちゅう)を大きく驚かせた(ルカ一・63~66)。

※「城」について
「しろ」と読む場合はいわゆるお城のことを意味しますが、「じょう」と読む場合は、壁に囲まれた都市を意味します。

(13)日本語『原理講論』p183の後ろから5行目

【日本語】
イエスは、彼らを信じさせるために、いかに多くの奇跡を見せられたことであろう。ところが、彼らはその驚くべき業を見ながらも、悪霊のかしらベルゼブルによるのだと、イエスを非難したのではなかったか(マタイ一二・24)。

【韓国語】
예수님은 그들의 불신을 돌이키시기 위하여 얼마나 많은 이적과 기사를 보여 주셨던가. 그러나 그들은 그 놀라운 일들을 보면서도 예수님을 바알세불이 접한 자라고 비난하지 않았던가(마 12 : 24).

【韓国語原文の直訳】
イエスは、彼らの不信を改めさせるために、いかに多くの奇跡と奇事を見せてくださっただろうか。ところが、彼らはその驚くべき業を見ながらも、イエス様をベルゼブルが接した者だと非難したのではなかったか(マタイ一二・24)。

■第12回韓国語『原理講論』訓読会の予定日

日付:2020年4月23日木曜日
場所:東京日暮里の某会議室
訓読:韓国語『原理講論』本文p159~172(メシヤ論)

 

※韓国語『原理講論』は2006年2月20日発行の42刷標準横書きから引用
※日本語『原理講論』は2014年5月30日発行の第5版第1刷から引用
※韓国語原文の直訳文の文責は当ブログ管理者にあり、翻訳に際して使用した辞書は『朝鮮語辞典』(小学館)

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