1.新刊『真のお父様の遺言』出版のお知らせ

 このたび新刊『真のお父様の遺言』が出版されましたので紹介させていただきます。


 
 このみ言集は、「天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会」(2011年天暦3月22日・陽暦4月24日)の講演文をあらためて翻訳し、韓日対訳形式で収録したものです。

 文鮮明先生は、このみ言について、「真の父母がサタン世界の血族から反対されたあらゆることを再び合わせ、最初から最後までを一つにして締めくくり、先生の生涯全体の結実として宣布したみ言」(2011年陽暦2月3日)と語られました。

 そして、聖和されるまでの約3年間、肌身離さずこのみ言を持ち歩かれ、数千回も訓読されたと言われています。正に文鮮明先生の遺言の中の遺言と言えるみ言です。

 新約聖書の「ガラテヤ人への手紙」には、神の約束と契約のみ言を人間の遺言に例えている聖句があります。

 兄弟たちよ。世のならわしを例にとって言おう。人間の遺言でさえ、いったん作成されたら、これを無効にしたり、これに付け加えたりすることは、だれにもできない。さて、約束は、アブラハムと彼の子孫とに対してなされたのである。それは、多数をさして「子孫たちとに」と言わずに、ひとりをさして「あなたの子孫とに」と言っている。これは、キリストのことである。わたしの言う意味は、こうである。神によってあらかじめ立てられた契約が、四百三十年の後にできた律法によって破棄されて、その約束がむなしくなるようなことはない。(ガラテヤ人への手紙3章15~17節)

 このように、遺言は約束であり契約です。「家庭連合」が今、神の審判を受け、存亡の機に直面している理由は、文鮮明先生との約束であり契約である「実体み言宣布」のみ言を守り、実践することを忘れ、異なる道を歩んでいるからです。

 三代王権に侍る「統一聖殿」の聖徒はもちろん、今も文鮮明先生の無原罪聖誕を信じ、この方こそ再臨の主であると信じる「家庭連合」の信徒の皆さんも、もう一度このみ言を訓読し、一つでも多く実践していくことが神様のみ旨なのではないでしょうか。

2.「最終一体」宣布の意味について

 このみ言集には、真の父母の「最終一体」宣布と言われる次の文章が収録されています。

 皆様! 2010年天暦5月8日午前2時20分と5月15日午前3時25分、このように両日にわたり、米国のラスベガスにおいて、神様を中心とした天地人真の父母様の特別宣布がありました。
 それで、ここでいう3時25分の3数は初不得三の3時代を代表するものでもあり、旧約、新約、成約の3時代を象徴する数です。そして、25分の25数は、100の4分の1を象徴します。既に、真の父母様御夫妻は、最終一体を成して完成、完結、完了の基準の上に立ち、全体、全般、全権、全能の時代を奉献、宣布されたのです。(『真のお父様の遺言』p69~71)

 この「最終一体」宣布の意味について説明する前に、まず復帰摂理における「宣布」について確認しておきましょう。

(1)復帰摂理における三種類の「宣布」

 復帰摂理が展開される中で行われる「宣布」には、預言、約束、勝利の三種類の「宣布」があります。それぞれの「宣布」について、その具体例をみ言から抜粋します。

 ①預言の「宣布」

 神がノアを通して、洪水審判をなさることを宣布されて七日後に(創七・10)洪水が始まり、四十日審判期間が過ぎたのち、最初の鳩が放たれた。(『原理講論』p307)

 1960年代に、先生が21年後になされることを宣布したとき、夢のような話だと言いましたが、そのことを今まですべて実践してきたのです。(『文鮮明先生御言選集』115-88,1981.11.4)

 ②約束の「宣布」

 神は人間を創造されて、三大祝福を与えてくださることを約束なさったので(創一・28)、イザヤ書四六章11節に「わたしはこの事を語ったゆえ、必ずこさせる。わたしはこの事をはかったゆえ、必ず行う」と言われたように、サタンのために失ったこの祝福を復帰する摂理をなさることによって、その約束のみ旨を成し遂げてこられたのである。(『原理講論』p139)

 先生は、神様の前に出ていくにおいて、横たわるあらゆる障壁を越えると宣布し、その約束の成就のために一生を捧げることを決心したのです。(『文鮮明先生御言選集』130-285,1984.2.7)

 ③勝利の「宣布」

 先生はすべて知って教えるのではなく、成して勝利してから教えているのです。良心はそれを知っています。ですから、「真の父母と成約時代」を宣布したということは、それを成したということです。(『文鮮明先生御言選集』256-24,1994.3.12)

 「真の父母と成約時代」を宣布したということは、世界的基準で勝利したことを意味します。先生が個人から家庭、氏族、国家、世界基準を越えて「真の父母と成約時代」を宣布したので、これから新しい時代が開くのです。(『文鮮明先生御言選集』254-290,1994.2.16)

 以上のように、復帰摂理における「宣布」には、預言、約束、勝利の三種類の「宣布」があります。

 次に、なぜこのような「宣布」をしなければならないのか、特に勝利の「宣布」の目的について説明します。

(2)「宣布」の目的

 史吉子先生の著作『原理に関するみ言の証』に、「宣布」に関して次のような記述があります。

 お父様は、たまにこのようなことをおっしゃいます。ノアがもし原理を知っていたら、次のように家族の前で宣布をしなければならなかったそうです。
 ノアは40日の洪水審判が終わった時に、家族を呼んで集めておいて、「お前たちは聞きなさい。私が今120年間苦労して、40日洪水審判に勝利したことを宣布するのであるから、お前たちの中でどんな過ちを犯しても、それは私が40日洪水審判を勝利したこととは、何ら関係がない」と宣布しなければならなかったのです。
 そうしていたら、たとえ家族の誰かがある犯罪行為を犯しても、40日洪水審判の勝利には侵入することができないので、復帰するにおいて、かなり蕩減条件が軽くなることができたのです。そんな宣布をせずに、40日洪水審判までもサタンに侵入されてしまいました。(中略)
 お父様が大会を通じて宣布をなさることは、神様に、「私はここまで勝利しました!」と報告を捧げることで、それはサタンにも、「私がここまで勝利したから、お前はこれ以上は侵入できない」という宣布にもなるそうです。(『原理に関するみ言の証』 史吉子著 第8章「復帰の過程では宣布が重要」296頁)

 復帰摂理の中で行われた「宣布」が勝利の「宣布」であった場合、それを行う目的は、たとえだれかがその後に犯罪行為をしたとしても、その勝利にサタンが侵入しないようにするためということです。

 他にも、勝利を確定し、その勝利にサタンが侵入しないようにするために「宣布」するというみ言があります。

 宣布することによって杭が打ち込まれ、主人はだれかということが決定するのです。それを抜く人はいません。そこにすべて留まるのです。(『文鮮明先生御言選集』346-236,2001.7.1)

 峠を越える時に宣布するのです。個人が勝利した所にサタンは入ってくることができません。家庭勝利圏を宣布してサタンを断ってしまうのです。(『文鮮明先生御言選集』290-31,1998.2.2)

 それでは、「最終一体」宣布の意味について、神様と文鮮明先生、韓氏オモニと祝福家庭に分けて見てみましょう。

(3)「最終一体」宣布の意味

 ①神様と文鮮明先生における「最終一体」宣布の意味

 神様と文鮮明先生にとって「最終一体」宣布は、間違いなく勝利の「宣布」を意味します。

 勝利の「宣布」として「最終一体」を宣布することによって、たとえ韓氏オモニや祝福家庭が責任を果たすことができず、その位置から離れたとしても、その勝利にサタンが侵入することはなく、何の影響も及ぼさなくなるのです。

 これが文鮮明先生が真の父母の「最終一体」を宣布された目的です。

 ②韓氏オモニと祝福家庭にとっての「最終一体」宣布の意味

 神様と文鮮明先生にとって「最終一体」を宣布することは勝利の「宣布」ですが、まだ果たすべき責任が残っており、勝利が確定していない韓氏オモニと祝福家庭にとっては、その責任を果たすという約束の「宣布」です。

 文鮮明先生は、天暦2010年5月15日の「宣布」について次のように語られています。

 天暦2010年5月15日、その日が重要です。早朝3時25分、これが母と父が最後に宣言した秘密文書です。それは夜昼の神様も知りません。天暦2010年5月15日、早朝3時25分は何ですか? この時の出来事を中心として、この韓国と今後の方針を秘密裏にお母様と約束し、お母様は間違いなくお父様と一致していく、その約束をした時間です。その前には、お母様がお父様と一つになっていくという話をしませんでした。神様と地と世界に公布できませんでした。それで、堕落した世界の終幕前に、お母様とお父様と神様を中心として約束するのですが、これが天暦2010年5月15日の早朝3時25分の出来事です。(2010年陽暦7月1日『統一世界』vol.473号)

 このように、韓氏オモニにとって「最終一体」宣布は、文鮮明先生と今後も一つになっていくことを約束する「宣布」なのです。

 では、その「最終」とはいつまでのことなのでしょうか? 文鮮明先生が聖和される時まででしょうか? そうではなく、自分が聖和する時まで、生涯に渡って再臨のメシアと一体になるという約束です。

 ところが、文鮮明先生が聖和された後の韓氏オモニの発言を見ると、その約束が果たされていないことが明白になります。

3.文鮮明先生のみ言と異なる韓氏オモニの発言

 文鮮明先生のみ言と文鮮明先生聖和後の韓氏オモニの発言を項目別に抜粋し、下記にまとめてみました。

(1)神について

【文鮮明先生のみ言】
 神様は1人ですか、2人ですか? (「2人です」)。何ですか? (「天の父と天の母のお2人です」)。それが2人ですか、1人でしょう? 2つの性稟が入っているのです。(あなたには)良心がありますか、ありませんか? (「あります」)。体がありますか、ありませんか? (「あります」)。その2つが一つになって1人の女性です。(神様は)性稟は2つありますが、体は男性的主体としていらっしゃるということです。
 その男性格主体というのは何ですか? 女性格主体がいれば、また他の男性格主体がいなければならないという話になるので、二元論になるというのです。二元論にひっくり返ります。ですから、永遠に一元論になろうとするので、(神様は)この男性と女性の中和体として主体的な性稟をもつ男性型としていらっしゃるということです。(『文鮮明先生御言選集』182-63, 1988.10.14)

【韓氏オモニの発言】
 私は、今まで隠された摂理の真実を話すと言いました。天の父母様というときは、「天の父」だけいらっしゃるのではなく、「天の母」もいらっしゃいます。この名称(天の父母様聖会)は、天の母が中心になって世界人類を抱いて生んでくれるという意味があります。(2020年5月8日『世界家庭』2020年6月号)

 創造主である神様は、万物世界を見たとき、人間世界を見たとき、男性格の主体ではなく天の父と天の母として存在され、生命体が誕生したということを、皆さんははっきりと知らなければなりません。(2018年2月21日「天地人真の父母様御聖誕記念敬礼式」)

(2)神の創造について

【文鮮明先生のみ言】
 私たち人間が生まれるとき、今の私たちが子どもを生むように、天のお母様から生まれたのでしょうか? 違います。神様がつくったという話です。何によってですか? 土と水と空気を混合してつくりました。つくって何をしたのですか? その鼻に命の息を吹き入れて生きた者になったのです。つくって出てきました。つくられて出てきたのです。それでは、エバが神様の愛の血統を受け継いで生まれましたか? 血統を通して生まれたのかというのです。根本的な話をしているのです。つくったのでしょう、つくったというのです。(『文鮮明先生御言選集』171-96,1987.12.13)

【韓氏オモニの発言】
 天の父母様の創造がそうなのです。神様が「光あれ。水と水とを分けよ」と命令してできたのではありません。生命は、天の父と天の母がいらっしゃって誕生したのです。今までこのような明確な真実を説明することができませんでした。それが問題になったのです。しかし今は違います。私が皆さんにすべて見せてあげました。(2018年11月3日)

(3)『原理講論』について①

【文鮮明先生のみ言】
 「ディバイン・プリンシプル(Divine Principle:英語版『原理講論』)の書名」は神様の法です。天的な原理だというのです。人間の原理ではありません。(『文鮮明先生御言選集』568-305,2007.7.20)

 「ディバイン・プリンシプル」とは神の原理を意味します。皆さん堕落したサタンの子女たちに神の原理が分かるでしょうか? 皆さんはそれを理解し、「ディバイン・プリンシプル」がどれほど重要かということを知らなければなりません。(『文鮮明先生御言選集』564-238, 2007.6.3)

【韓氏オモニの発言】
 今まで統一教会の歴史で『原理講論』は荒野時代で終わりました。天一国時代は『真の父母論』です。(中略)創造主の願い、人類の願いは真の父母に出会うことです。ですから天一国時代は『真の父母論』を勉強しなければなりません。(2024年7月18日)

(4)『原理講論』について②

【文鮮明先生のみ言】
 神様は、「原理」でいえば二性性相の中和的存在です。主体的存在です。このように、ぱっと一言で定立します。男性格を備えた主体的存在だというのです。(『文鮮明先生御言選集』149-11, 1986.11.1)

 「原理」で論じている二性性相の主体としていらっしゃる神様は、どのような方ですか。二性性相の神様であると同時に、二性性相の中和的主体としていらっしゃるお方です。その主体の本質が愛です。絶対的愛だというのです。(『文鮮明先生御言選集』136-37, 1985.12.20)

【韓氏オモニの発言】
 今後、あなたたちが教育しなければならないことは創造原理ですが、『原理講論』で説明している創造原理ではありません。創造主の本質は天の父母様です。生命の源泉は母を通して誕生するということです。男性は0.001%、母は99.999%、天の父母様も同じです。今までは天の父として紹介されていました。『原理講論』には「二性性相の中和的主体」とありますが、そうではありません。それを正さなければなりません。(2023年5月18日)

(5)イエス様の相対者について

【文鮮明先生のみ言】
 天の側の女性がいないので、カイン側の女性を取り戻してこなければなりません。天の側には女性がいないのです。イエス様がアダムの代表者として生まれましたが、女性がいませんでした。ですから、カイン側、サタン側が奪っていったものを取り戻さなければならないのです。(『文鮮明先生御言選集』243-199,1993.1.10)

 イエス様が結婚するとき、洗礼ヨハネがカインでイエス様がアベルなのですが、エデンの園の天使長、カインがアダムのエバを奪っていったので、ここでは、カインの妹である洗礼ヨハネの妹を妻として迎えなければなりません。(『文鮮明先生御言選集』279-227,1996.9.8)

 洗礼ヨハネの妹や親戚の8親等内に娘がいれば、洗礼ヨハネの母とマリア、そして姉がいればその姉の3人が一つになり、イエス様より年の若いその親戚の娘と縁を結ぶようにしなければならなかったのです。イエス様と共に1人の女性を再創造しなければならなかったというのです。(『文鮮明先生御言選集』39-100,1971.1.10)

 1973年1月3日、先生はイエス様の相対を決めました。33歳で死んだので、統一教会が33歳になり、ようやく今年、その事実を発表したのです。(『文鮮明先生御言選集』252-180, 1993.12.29)

【韓氏オモニの発言】
 天は始まりと終わりが同じです。独生子というのは2人存在しないでしょう? 1人です、1人(イエス・キリスト)。ですが、独生女はいなかったではないですか。だから私でなければならないのです。私以外はだれにもできません。(2015年9月12日)

 天が2000年前に探し出すことができなかった独生女を探し出す蕩減復帰摂理の歴史がありました。それで唯一、6000年目に初めて、1943年に生まれた独生女が私です。それを否定することはできません。6000年ぶりです。私を生んだ父母がいましたが、私は神様を父と知って育ちました。祖母も大母様もそのように認めました。人類の中で、神様が父と知って生まれたのは、ひとえに私だけです、2000年前のイエス・キリストと。(2017年3月29日)

※注
 文鮮明先生は、1973年1月3日にイエス様の相対者を決定されたが、韓氏オモニは、独生子は1人、すなわちイエス様であり、その相対者である独生女は自分であると主張している。

(6)真の父と真の母の血統問題について

【文鮮明先生のみ言】
 マリアの腹中から生まれたイエス様は、サタン世界の血統を転換させた上で生まれました。そうではないですか。血統を転換させた位置に来たのですが、イエス様の相対になる新婦は、血統転換の過程を経ていません。ですから、それが複雑だというのです。(『文鮮明先生御言選集』140-149,1986.2.9)

 (堕落人間は)真の母のお腹を通過して再び生まれてくるのです。お母様のお腹の中に入ったとしても、その入った子供とお母様の根っこは何かというと、渋柿の根っこから切って取り返してきたものです。分かりますか? それが天の家庭に入るには、手続きをしないといけないのです。何の手続きかというと、愛の手続きです。ですから、真のお母様のお腹の中に入っていても、それは真のお父様の真の愛と真の血統にはまだつながっていないのです。お母様は真の愛と真の血統を持っていません。(『訪韓修練会御言集』185~186ページ)

【韓氏オモニの発言】
 血統転換、私は母胎からです。皆さんはこれを信じなければなりません。(中略)お父様の歴史はそうなのです。イエス様の顕現と共に、イエス様の御業を継承したそのとき、その瞬間がお父様が独生子の資格をもった瞬間です。(2014年7月1日)

 お父様は、イエス様が現れて、ご自身が成すことができなかった使命を果たして下さいと言われた時、そのようにスイッチされた(血統が切り替わった)のです。(2015年9月12日)

 ところで、皆さんは聞いたかも知れませんが、私は天の父母様の保護圏で育ちました。母胎から堕落した人間たちとは分離されていたのです。(2015年9月12日)

(7)韓氏オモニの教育について

【文鮮明先生のみ言】
 お母様が原理を知っていますか? 原理を知らないのです。何も知らないのです。それを教育しながら引っ張ってきて、夫の役割も果たさなければならず、家長の役割も果たさなければならず、氏族長の役割も果たし、宗教圏の代表、天の全権を中心とした代表責任者として立っているというとき、どれほど深刻か分かりません。(『文鮮明先生御言選集』344-269,2001.4.18)

 キリスト教が反対しなかったならば、20代から30代の真の母が現れるのは、イエス様がそういう年齢であったからで、それが反対のため10代になり、先生が40歳の時、18歳の何も知らないお母様を迎えたのです。キリスト教が迫害したために、仕方なしに何も知らない10代のお母様を迎えなければならなかったのです。何も知らないお母様を教育して、再びアダムによってつくり変えるのです。(中略)
 ですから、先生自体においては、お母様を教育するのです。その期間が7年間です。7000年の歴史を平面的に蕩減復帰する家庭基盤をつくるために、先生は第2の十字架の道を行かなければなりません。外的十字架の道ではなく、先生の家庭を中心として十字架を背負う期間があったのです。(『文鮮明先生御言選集』55-105,1972.4.29)

【韓氏オモニの発言】
 私を教育した人はだれもいません。独生子と独生女は同等です。独生子が独生女を教育したとは言えません。何の話か分かりますか? そうだったからこそ私が決定したのです。私が決心したのです。(2014年10月27日)

 以上のように、文鮮明先生が聖和された後、韓氏オモニは、文鮮明先生のみ言とは異なる発言を繰り返してきました。

 しかも、その内容は、単に見解が異なるというものではなく、神様の本体や文鮮明先生のメシア性、原理の真理性など、み言と原理の根幹に関わり、私たち成約聖徒の信仰を根底から覆すものばかりです。

 このような韓氏オモニの言行は、イエス様の時代、証人としての使命を生涯に渡って果たすことができず、イエス様とは異なる道を歩んでしまった洗礼ヨハネと同じではないでしょうか。

4.洗礼ヨハネと韓氏オモニの背信

 洗礼ヨハネが果たせなかった使命について、『原理講論』には次のように記述されています。

 それでは、洗礼ヨハネはいかなるつまずきをしたのであろうか。それは、既に上述したように、彼は一生涯従い、仕えるべき使命があったのを果たすことができなかったということである。(『原理講論』p202)

 韓氏オモニもその生涯に渡って文鮮明先生と一つになっていくべきでしたが、上記の発言を見れば、そうでないことは明らかです。

 そして、人間的な目でイエス様を見るようになった洗礼ヨハネと同じく、その中心が天から外れ、霊的な摂理が切れてしまった韓氏オモニは、いつしか再臨のメシアであり真の父であられる文鮮明先生を人間的な目で見るようになってしまったのではないでしょうか。

 洗礼ヨハネは、その中心が天の方にあったときには、イエスをメシヤと知って証した。けれども、彼から霊的な摂理が切れて、人間洗礼ヨハネに立ち戻るや、彼の無知は、一層イエスに対する不信を引き起こすようになったのである。
 自分がエリヤである事実を自覚できなかった洗礼ヨハネは、特に、獄中に入ってから、他のユダヤ人たちと同じ立場で、イエスを見るようになった。したがって、イエスのすべての言行は人間洗礼ヨハネの目には、一様に理解できないものとして映るばかりであった。(『原理講論』p200~201)

最後に

 天の三代王権(文鮮明先生、文亨進二代王様、文信俊三代王様)に侍る「世界平和統一聖殿」は、再臨のメシアであり真の父であられる文鮮明先生の遺言である「実体み言宣布」のみ言を守り、実践する成約聖徒たちが集まるところです。

 そして、「하나님(ハナニム:唯一なるお方)」として天のお父様を礼拝し、毎日「八大教材教本」を訓読しながら、天一国と絶対性による真の家庭の理想実現に邁進しています。

 その道しるべとなるみ言が今回出版された『真のお父様の遺言』なのです。