今回は、再臨のメシヤでいらっしゃる文鮮明先生が、儒教の家庭に降臨された原理的な理由について考察してみたいと思います。
摂理的同時性と中心人物が歩む路程のそれぞれの観点から、その理由を解説しましたのでご覧ください。
(1)摂理的同時性の観点から見た理由
文鮮明先生が誕生される1年前、大叔父の文潤國先生は、「三・一独立運動」の平安北道総責任者として、1919年3月8日に日本の憲兵に逮捕され、2年の懲役刑を受けました。
そのときに親族まで捜査の手が及びましたが、親族が篤実な儒教家だったこともあり、逮捕されることはありませんでした。
それは、「三・一独立運動」がキリスト教、天道教、仏教の信徒たちが中心となって行われたものだったからです。
もしその時、文鮮明先生の家庭や親族がキリスト教であったとしたら、文鮮明先生はお生まれになることができなかったかもしれません。
これは下記にあるように、モーセやイエス様が死を免れて敵の懐の中で安全に成長されたことの同時性となります。
これと同じく、イエスも、生まれるや否や、ヘロデ王の手により、殺されるほかはない立場に陥ってしまったので、その母親が彼を連れてエジプトに逃れ、隠れて育てあげたのちに、再びヘロデ王の統治圏内に戻り、敵の懐の中で安全に成長されたのである。(『原理講論』p352)
イエス様が誕生されたとき、ヘロデ王がベツレヘムとその地方にいた2歳以下の男の子をことごとく殺したことが、マタイによる福音書に記録されています。
しかし、その前に天使の知らせにより、ヨセフの家族はエジプトの地に逃れていたため、イエス様は死を免れることができました。
同じく、文家は儒教だったため、文鮮明先生は儒教文化という、キリスト教にとっては「敵の懐の中」で安全に幼少期を過ごされたのです。
(2)中心人物が歩む路程から見た理由
このように、神様から召命された中心人物は、サタン世界から神の世界に復帰する路程を歩まなければなりません。
この場合、サタン世界とは多神教世界を意味し、神の世界とは一神教世界を意味しています。
そのため文鮮明先生は、儒教の家庭にお生まれになり、10歳頃までその環境で安全に成長され、そこから一神教世界のキリスト教に復帰する路程を歩まれたことになります。
(3)儒教に関するみ言
最後に、文鮮明先生のみ言の中から、儒教の長所と課題について語られたみ言をご紹介しましょう。
今までキリスト教で祭祀を行うことができないようにしたのも一理あるのです。祭祀は、神様と全人類の真の父母が受けなければなりません。天において祖先が先に侍られなければならないのです。ところが、堕落することによって、今まではそれを禁止してきました。
しかし、今や復帰時代において祝福を受けたので、今後は先祖を祭らなければなりません。韓国が500年間、儒教思想を通じて父母に侍る伝統を残したことは、(天が)この一時のために準備した伝統と一脈相通じるものがあるのです。(『文鮮明先生御言選集』 223-209 1991.11.10)
真の父母の伝統歴史の家門も、愛国忠臣の歴史的な伝統を備えなければなりません。私の家が不思議なことは、たばこを吸ったりお酒を飲んだりすると蕁麻疹(じんましん)が出ます。お酒も飲めず、たばこも吸えません。また、家庭の伝統で立派なことは、妾を置いたことがないことです。ですから、私の祖父の代から見ても、儒教思想を中心に最高の信仰をもってきたのです。(『文鮮明先生御言選集』 588-64, 2008.4.12)
【儒教の課題】
キリスト教には「ひとり子」という言葉があり、それは自動的に唯一神を意味します。人格的な神を意味するのです。仏教は法です。法が神様の代わりです。法の世界は、価値の理論的な基準で人格観を探し出す道理がありません。儒教もそうです。儒教では唯一神、唯一的人格神を発見する道理がないのです。(『文鮮明先生御言選集』 192-48 1989.7.2)
孔子の伝統的思想とは何かといえば、「元亨利貞は天道之常であり、仁義礼智は人性之綱」と言いました。総評をしました。しかし、人格的な神様が分からなかったのです。人格的といえば、知・情・意を備えていることを意味します。愛を中心として知識を備えて志を立てることができ、知・情・意を中心とする志というものは、変わることのない知識であり、変わることのない情でなければならないのですが、それは絶対的な神でなくてはそのようになることはできないのです。そのようなことが分からなかったので、人格的な神様が分かりません。理知的な神様は分かりましたが、人格的な神様が分かりませんでした。これは天使長型です。(『文鮮明先生御言選集』 295-174 1998.8.28)