世界のキリスト教には、カトリックとプロテスタントという二大潮流があります。両者は長い歴史の中で、教義・典礼・組織のあり方において異なる道を歩んできました。

そして聖書の翻訳においても、それぞれが独自の版を持つことが世界標準です。英語圏では、カトリックがNABやJerusalem Bibleを、プロテスタントがNIVやESVを使用し、同じ英語を話す国でさえ「共通の公式訳」は存在しません。

ところが日本では、まったく異なる状況が生まれています。カトリックとプロテスタントが、翻訳の段階から共同で委員会を組み、同じ訳文を作り上げた聖書が存在するのです。それが新共同訳聖書(1987年)であり、その後継にあたる聖書協会共同訳(2018年)です。この「共通聖書」は、世界的に見てもほぼ日本にしか存在しない、極めて稀な例とされています。

なぜ日本でのみ、こうした一致が実現できたのでしょうか。そこには、キリスト教人口の少なさという現実的な事情、日本聖書協会という調整役の存在、そして1962年から65年にかけて開かれた第二バチカン公会議という歴史的な転換点がありました。

この公会議によって、カトリックは他教派との共同翻訳を初めて公式に認め、原語からの翻訳も解禁されました。これが、日本における共同翻訳プロジェクト発足への道を開いたのです。

しかし、共同翻訳の道は平坦ではありませんでした。教派が異なるということは、同じ聖書の一節を前にしても、解釈が根本から異なることを意味します。

ヨハネ福音書1章1節の「言は神であった」という訳ひとつをとっても、原文ギリシャ語における冠詞の有無をめぐって、キリスト論の核心に触れる議論が交わされました。

イザヤ書7章14節の「おとめ」という訳語も、ヘブライ語原文の語義と処女懐胎の教義的要請とのあいだで慎重に選ばれた言葉です。神の固有名YHWHを「主」と統一したことも、ユダヤ教的敬虔とカトリックの典礼方針、そしてプロテスタントの原語尊重という三者の緊張のなかで導かれた結論でした。

本シリーズ全3回は、この「日本の共通聖書」がいかにして生まれ、いかなる神学的対話の上に成り立っているかを、歴史的経緯と翻訳論争の両面から丁寧に読み解きます。

聖書翻訳は単なる言語作業ではなく、信仰の核心をめぐる真剣な対話です。そしてその対話を通じて共通の言葉を生み出してきた日本の歩みは、異なる信仰が出会い、理解し合う可能性を静かに示しています。

日本の聖書