聖書と現代科学は、果たして矛盾するのでしょうか。「神が6日で世界を造った」という創世記の記述と、「宇宙は138億年前に始まった」という現代宇宙論の説明とを同じ次元で比べれば、確かに相容れないように見えます。しかし、この問いの立て方そのものに、根本的な誤解が潜んでいます。
聖書は自然科学の教科書ではありません。聖書は「なぜ世界は存在するのか」という意味と目的を語り、科学は「世界はどのように動いているのか」という仕組みを解き明かします。この二つは本来、異なる次元から同じ世界の真実に迫っているのであり、競合するものではなく、互いを補い合う関係にあります。
本シリーズ「創世記と量子論の統合宇宙論」は、全7回にわたってこの問いを深く掘り下げていきます。
まず創世記1章の逐語分析から始め、「混沌(トーフー・ボーフー)」「光の創造」「分離」という三つのテーマが、現代の量子論が示す「未確定性」「波動関数の収束」「状態の確定」という概念と、驚くほど構造的に重なっていることを明らかにします。
次に、アインシュタインの特殊相対性理論が明らかにした光速度の絶対性を鍵として、宇宙が二つの世界に分かれていることを論じます。光速度以下の因果律と時間が支配する地上界と、それを超える非時間的・非局所的な霊界という区分は、創世記における「光あれ」の宣言と深く結びついています。
さらに本シリーズの中核をなすのが、霊界・量子層・地上界という「世界の三層構造」です。霊界と地上界のあまりにも異なる性質は、直接接触では説明しきれません。波と粒の二重性を持つ量子層が、その中間領域として両者を結ぶ「翻訳者」の役割を担っているのです。
そして、量子もつれの現象を「縦の関係」として読み解くことで、地上の距離を超えて働く霊的作用の構造が浮かび上がります。最終回では、この縦の関係こそが祈りの原理であることを論じ、信仰の体験と物理学の知見が一つの論理へと統合されていきます。
創世記と量子論は、互いの領域を侵しませんが、世界の深層構造へと目を向けるとき、両者の根底に同じ一つの原理があることは分かります。

