「安全のために」という言葉は、現代社会でもっとも強い説得力をもつ言葉の一つです。食品添加物の排除、感染症対策、災害への備え――私たちは日々、あらゆるリスクを遠ざけようとして生きています。
しかしその背後には、「すべての危険を完全になくすことができる」という幻想、すなわち「ゼロリスク信仰」が静かに根を張っています。心理学はこれを「ゼロリスク・バイアス」と呼びます。
小さなリスクを完全にゼロにするために、より大きなリスクを放置してしまう――この心理傾向は、合理的な判断よりも「不安を解消したい」という感情的な欲求から生まれます。そして聖書は、まさにこの欲求の根源に鋭く切り込みます。
本シリーズ「聖書とゼロリスク信仰」は、全5回にわたって、現代のゼロリスク信仰を聖書の視点から問い直す試みです。
第1回では、ゼロリスク幻想の正体を明らかにし、「恐れを信じる信仰」への転落がいかに起こるかを考えます。
第2回では、その心理構造を掘り下げ、アダムとエバの罪の構造との類似を通じて、「支配願望」という人間の本質的な問題に迫ります。
第3回では、「人事を尽くして天命を待つ」という言葉を軸に、努力と委託の信仰的バランスを探ります。
第4回では、ギデオン、アブラハム、ペテロといった聖書の人物たちが「恐れながらも歩み出した」姿を通じて、リスクを超えて進む勇気の信仰を論じます。
そして第5回では、「安全」と「平安」の根本的な違いを明らかにし、神と共にある世界にこそ真の平安が宿ることを示します。
ゼロリスクを求める心は悪ではありませんが、それが神への信頼に取って代わるとき、私たちは「恐れを神とする」という見えない偶像礼拝に陥ります。
聖書が語るのは、恐れのない人生ではなく、恐れの中でも神を信じて歩む人生です。不確実な時代を生きるすべての人に本シリーズをお届けします。

