【今回深掘りする原理のみ言】
この時代においては、文芸復興の主導理念である人文主義と、これに続いて起こる啓蒙思想、そして、宗教改革によって叫ばれるようになった、信仰の自由などによる影響のために、宗教と思想に一大混乱をきたすようになり、キリスト教信徒たちは、言語に絶するほどの内的な試練を受けるようになるのである。(『原理講論』p483)

 

上記のみ言の冒頭にある「この時代」とは、摂理的同時性の時代のうち「メシヤ再降臨準備時代」のことを意味しています。

この時代にキリスト教徒たちは厳しい内的な試練を受けたのですが、今まさに成約聖徒たちもそれと同様、あるいはそれ以上の「内的な試練」を受けています。

今回は、成約聖徒が受ける「内的な試練」とはどのようなもので、サタン勢力はどのようにして試練してくるのかについて深掘りしてみたいと思います。

成約聖徒が受ける「内的な試練」について

(1)「内的な試練」はいつから始まる?

新約時代のキリスト教徒たちが「言語に絶するほどの内的な試練」を受けたのは「メシヤ再降臨準備時代」です。

「メシヤ再降臨準備時代」は、1517年のルターの宗教改革から、第1次世界大戦が終った1918年までの400年期間です。

「成約時代の摂理的同時性」では、「メシヤ再降臨準備時代」を蕩減復帰する期間を2018年9月から2022年8月までの4年期間としています。

そして、ルターの宗教改革と同時性の現象になるのは、文亨進二代王様が2018年9月から始められた聖霊役事です。

ですから、成約聖徒たちが受ける「言語に絶するほどの内的な試練」は、そのときから始まっていることになります。

(2)「内的な試練」が顕著になるのは2020年1月から

「統一原理」では、「メシヤ再降臨準備時代」を宗教改革期、宗教および思想の闘争期、政治と経済および思想の成熟期の三期間に区分しています。

この三つの期間のなかでも、キリスト教徒たちの試練が特に顕著になってきたのが宗教および思想の闘争期です。

宗教および思想の闘争期について『原理講論』には次のように記述されています。

 この期間は、西暦一六四八年ウェストファリア条約によって新教運動が成功して以後、一七八九年フランス革命が起こるまでの一四〇年期間をいう。
 文芸復興と宗教改革によって人間本性の内外両面の欲望を追求する道を開拓するようになった近世の人々は、信教と思想の自由から起こる神学および教理の分裂と、哲学の戦いを免れることができなくなっていた。(『原理講論』p519)

 

「成約時代の摂理的同時性」から見たとき、この宗教および思想の闘争期と同時性の期間になるのが2020年1月から2021年4月までの16ヵ月間になります。

成約時代においても、この期間に入ると、「内的な試練」と考えられる現象が顕著に見られるようになります。

霊的に敏感な方の中には、すでに2019年の9月頃から「内的な試練」の到来を感じている方もいるようです。

それでは次に、このような時代にいる成約聖徒たちが、どのような「内的な試練」を受けるのかについて考えてみましょう。

「内的な試練」とはどのような試練なのか?

(1)成約聖徒たちが受ける「内的な試練」

「メシヤ再降臨準備時代」にキリスト教徒たちが受けた試練とは、次のようなものでした。

 復帰摂理時代は、律法と祭典などの外的な条件をもって、神に対する信仰を立ててきた時代であったので、メシヤ降臨準備時代における第一イスラエルは、ペルシャ、ギリシャ、エジプト、シリヤ、ローマなどの異邦の属国とされて、外的な苦難の道を歩まなければならなかった。
 しかし、復帰摂理延長時代はイエスのみ言を中心として、祈りと信仰の内的条件をもって、神に対する信仰を立ててきた時代であるがゆえに、メシヤ再降臨準備時代における第二イスラエルは、内的な受難の道を歩まなければならないのである。(『原理講論』p483)

 

このように、旧約時代のイスラエル民族は外的な苦難の路程を歩んだのですが、新約時代はみ言と信仰に対する内的な受難の道をキリスト教徒たちは歩みました。

文鮮明先生のみ言に「み言の目的は実体であり、実体の目的は心情である」(み旨の道「心情」)とあることから、成約時代は、実体と心情の条件をもって神様に対する信仰を立てる時代です。

ですから、成約聖徒たちは、み言と信仰の試練と同時に、さらに内的な実体と心情の試練も受けるようになると考えられます。

(2)実体と心情の試練とは?

まず実体の試練とは何かというと、主に衣食住など日常生活の経済的な問題や健康問題に関連する苦難です。

例として、「メシヤ再降臨準備時代」のキリスト教徒たちが経済問題に苦しみ、そこから信仰を失っていったことが書かれている箇所を『原理講論』から引用します。

 初代教会の愛が消え、資本主義の財欲の嵐が、全ヨーロッパのキリスト教社会を吹き荒らし、飢餓に苦しむ数多くの庶民たちが貧民窟から泣き叫ぶとき、彼らに対する救いの喊声は、天からではなく地から聞こえてきたのであった。これがすなわち共産主義である。
 神の愛を叫びつつ出発したキリスト教が、その叫び声のみを残して初代教会の残骸と化してしまったとき、このように無慈悲な世界に神のいるはずがあろうかと、反旗を翻す者たちが現われたとしても無理からぬことである。(『原理講論』p27)

 

これを蕩減復帰する路程を歩んでいる成約聖徒たちは、これ以上の経済的な苦難の道を歩まざるを得ない立場にいると言うことができます。

 

次に、心情の試練とは何かというと、エバが天使から誘惑されたとき、心情的に混沌となってしまった立場と同じ立場に立つようになることです。

このときのエバは、アダムから聞いた神様の戒めのみ言と、天使長が語る誘惑の言葉との間に立ち、どちらを信じるべきか判断に迷っていました。

ですから、今の時代の成約聖徒たちは、どこに神様の摂理の中心があり、何を信じてよいのか、誰を信じてよいのか全く分からなくなるという試練を受けるようになります。

それでは、サタン勢力が具体的にどのような方法で試練してくるのか、それを見抜く方法について考えてみましょう。

サタンおよびその勢力の戦略戦術を見抜くために

堕落した人間にとって、神様の業とサタンの業を見分けることはとても難しく、『原理講論』には次のように書かれています。

堕落人間は、神もサタンも、共に対応することのできる中間位置にあるので、善神が活動する環境においても、悪神の業を兼ねて行うときがある。また悪神の業も、ある期間を経過すれば、善神の業を兼ねて行うときがときたまあるから、原理を知らない立場においては、これを見分けることは難しい。(『原理講論』p120)

 

「統一原理」を完全に理解していない私たちが、サタンおよびその勢力の戦略戦術を知り、かつそれを見抜くことは相当に困難です。

そこで、それを補うために、「ゆでガエル理論」と「プロスペクト理論」、そして「サラミ戦術」の考え方をご紹介します。

(1)「ゆでガエル理論」

「ゆでガエル理論」は、「ゆでガエル症候群」や「ゆでガエルの法則」とも呼ばれ、企業経営やビジネスの教訓としてよく用いられる寓話です。

その内容は、カエルを常温の水に入れて少しずつ熱していくと、カエルは温度変化に慣れてしまい、そのままゆであがって死んでしまうというものです。

 

 

理論とは言っても、実際にやってみると、熱さが限界にくればカエルは外に飛び出すそうなので、科学的な根拠のある話ではないです。

しかし、人間の心理や行動の本質をよくついていますし、私たちの経験から考えても、かなり説得力のある話にはなっています。

例えば、業績の悪化が続いている状況なのに、過去のやり方に縛られて改革に着手できない経営者や、その間違いを知りながら、保身のためにそれを指摘できない部下などは、ゆでガエル状態の典型例と言えます。

こういったことはビジネスの世界だけに限らす、日常の人間関係でもよく見られることです。

成果が出ないまま間違った方向に進んでいるのに、どうしてそのやり方を改善できないのか、それを行動心理学的に説明しているのが次の「プロスペクト理論」です。

(2)「プロスペクト理論」

「プロスペクト理論」とは、投資やギャンブルで大損してしまう原因を説明するときによく使われる行動心理学の理論です。

簡単に言うと、「人は、利益はすぐにでも手に入れようとするが、損失はすぐには確定できない性質をもっている」ということです。

損失を確定するということは、言い換えると、自分の過ちや失敗を認めることとも言えます。

ですから、人間というのは、自分の間違いを簡単には認めたくないという性質をもっていることになります。

それと同時に、自分の判断は正しかったと思いたいという欲求もあるので、それを裏付ける情報しか目に入らなくなるという傾向があります。

さきほど説明した、「ゆでガエル状態」になっているにもかかわらず、そこから脱け出せない心理的な理由はここにあるのです。

そして、このような人間の心理を利用しているのが「サラミ戦術(サラミ・スライス戦略)」です。

(3)「サラミ戦術(サラミ・スライス戦略)」

「サラミ戦術(サラミ・スライス戦略)」とは、懐柔などによって敵対する勢力を少しずつ滅ぼしていく手法のことです。

敵対勢力ではなくても、外交交渉などでは、議題や措置を少しずつ出して、交渉相手から対価獲得や時間稼ぎを行うことがあり、これも「サラミ戦術」と言えます。

ビジネスの世界でもこの手法が使われていて、自動車が定期的にモデルチェンジしたり、ソフトウェアが随時更新されたりするのがその例です。

このようにすると、開発途上の商品でも販売できますし、継続して使用してもらうことで固定客化させることが容易になります。

「プロスペクト理論」で説明したように、長く使えば使うほど、ユーザーは自分の判断が間違っていないという思いが強くなります。

ですから、その商品がすでに自分のニーズに合わなくなっていても、なかなか他の商品に切り替えづらくなってしまうのです。

サタン及びその勢力は、このような人間の心理を利用し、少しずつ、段階的に浸透、侵入する戦略戦術を取ります。

いきなり大きな変化が起きると、自分たちの正体と目的がすぐに見抜かれてしまうからです。

このようにサタン勢力は、成約聖徒たちに気付かれないよう、唯一絶対なる神様に対する信仰を少しずつ、段階的にずらしながら悪の方向に誘導しようとしてきます。

 

~【partⅡ】につづく~

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