【今回深掘りする原理のみ言】
 旧約と新約の聖書を対照してみれば、旧約聖書の律法書(創世記から申命記までの五巻)、歴史書(ヨシュア記からエステル記までの十二巻)、詩文書(ヨブ記から雅歌までの五巻)、預言書(イザヤ書からマラキ書までの十七巻)は、各々新約聖書の福音書、使徒行伝、使徒書簡、ヨハネ黙示録に該当する。(『原理講論』p467)
 
 
先回の第3章では、『ヨハネの黙示録』の章構成と「成約時代の摂理的同時性」の時代区分との対応関係について、全体を俯瞰する観点から解説しました。
 
今回は、第1次から第3次までの天宙的カナン復帰路程の各時代を個別に確認しながら、その時代についてどのように預言されているのかを解説します。
 
 

第4章 天宙的カナン復帰路程と『ヨハネの黙示録』の預言解説

 

第1節 第一の真の父母を中心とする摂理(1920~60年):「4~6章」

 
 

(1)「日帝及び基督教迫害時代」①再臨主による真理解明の預言(5章)

 わたしはまた、御座にいますかたの右の手に、巻物があるのを見た。その内側にも外側にも字が書いてあって、七つの封印で封じてあった。(中略)
 巻物を開いてそれを見るのにふさわしい者が見当らないので、わたしは激しく泣いていた。すると、長老のひとりがわたしに言った、「泣くな。見よ、ユダ族のしし、ダビデの若枝であるかたが、勝利を得たので、その巻物を開き七つの封印を解くことができる」。(5章1~5節)
 
 
『原理講論』のp171に「その巻物に、イエスが我々に与えようとされたそのみ言が、封印されているのである」とあるように、この巻物にイエス様が語ることのできなかった新しい真理のみ言が封印されています。
 
 そして、「ダビデの若枝として誕生した獅子と記されているのは、とりもなおさず、キリストを意味するのである」(『原理講論』p171)とあるので、再臨主によってその新しい真理が解明されることの預言がこの聖句です。
 
ですから、七つの封印で封じてある巻物とは、再臨主によって解明される新しい真理である「統一原理」を意味し、それが「日帝及び基督教迫害時代」(1920~1960)に解明されることが『ヨハネの黙示録』の5章に預言されているということになります。
 

(2)「日帝及び基督教迫害時代」②再臨主に対する韓国キリスト教の不信の預言(6章)

 小羊が第六の封印を解いた時、わたしが見ていると、大地震が起って、太陽は毛織の荒布のように黒くなり、月は全面、血のようになり、天の星は、いちじくのまだ青い実が大風に揺られて振り落されるように、地に落ちた。天は巻物が巻かれるように消えていき、すべての山と島とはその場所から移されてしまった。(6章12~14節)
 
 
まず、太陽と月と星とは何を意味するのかを『原理講論』から確認してみましょう。
 
 創世記三七章9節以下を見れば、ヤコブの十二人の子供達のうち、十一番目の息子であるヨセフが夢を見たとあり、その内容について「ヨセフはまた一つ夢を見て、それを兄弟達に語って言った、『わたしはまた夢を見ました。日と月と十一の星がわたしを拝みました』。彼はこれを父と兄弟達に語ったので、父は彼をとがめて言った、『あなたが見たその夢はどういうことか。ほんとうにわたしとあなたの母と、兄弟達とがいって地に伏し、あなたを拝むのか』」と記録されている。ところがヨセフが成長して、エジプトの総理大臣になったとき、まさしくこの夢の通り、その父母と兄弟達が彼を拝んだのである。
 この聖書のみ言を見れば、日と月は父母を象徴したのであり、星は子女たちを象徴したものだということを知ることができる。キリスト論で述べるように、イエスと聖霊はアダムとエバの代わりに、人類を重生させてくださる真の父母として来られたのである。それ故に、日と月はイエスと聖霊を象徴しているのであり、星は子女に該当するキリスト教徒たちを象徴しているのである。(『原理講論』p155)
 
 
このように、「統一原理」では、聖書に記述された日と月を父母、星を子女の象徴であるとしています。
 
このことから、「日帝及び基督教迫害時代」の日(太陽)と月は第一の真の父母様、星は再臨主を迎えるべき韓国のキリスト教を意味していることになります。
 
その太陽が黒くなり、月が血のようになり、天の星が地に落ちるというのは、韓国のキリスト教の不信によって真の父が荒野に追われ、真の母はサタンに侵入され、韓国のキリスト教から天運と天の摂理が移されてしまうことを意味します。
 
そのため、このあとの聖句を見てみると、天の怒りについて記録されています。
 
 地の王たち、高官、千卒長、富める者、勇者、奴隷、自由人らはみな、ほら穴や山の岩かげに、身をかくした。そして、山と岩とにむかって言った、「さあ、われわれをおおって、御座にいますかたの御顔と小羊の怒りとから、かくまってくれ。御怒りの大いなる日が、すでにきたのだ。だれが、その前に立つことができようか」。(6章15~17節)
 
 
この神様と小羊の怒りとは、再臨主と一つになれなかった韓国のキリスト教に対するものと言えます。
 

(3)第1次天宙的カナン復帰路程の結果

第1次天宙的カナン復帰路程で韓国のキリスト教が失敗していなければ、摂理が延長することはなく、そのまま19章の小羊の婚宴、20章の千年王国、21章の新しい天と新しい地の預言へと進んでいたはずです。
 
このような韓国のキリスト教の失敗による影響について、文鮮明先生は次のように語られています。
 

 1962年にこのアメリカに来るようになっていました。すべて準備したにもかかわらず……。韓国の教会が、キリスト教が反対することによって、天を中心として拍子を合わせたその道に連結できる時を待ち、1972年なので10年待ってアメリカに来たのです。(『文鮮明先生御言選集』315-202 2000.2.2)

 (アメリカに)10年前にさえ行っていれば、神様のみ旨を成就しやすかったのです。10年前ならキリスト教文化圏がそのように腐敗していませんでした。(『文鮮明先生御言選集』320-99 2000.3.30)

 
 
 
1960年代は中共とソ連の対立が激化し、世界においてソ連よりも優位に立とうとした中共が、南米やアフリカに対して共産革命を積極的に輸出しはじめた時期です。
 
そして、アメリカでは、既存の文化や体制を否定し、それに敵対する文化(カウンターカルチャー)が盛り上がりをみせ、共産主義の思想を背景としたフェミニスト運動や同性愛運動などが起きたのです。
 
もしこのような共産主義思想が侵食する前に再臨主のみ言がアメリカに布教されていれば、アメリカのキリスト教を中心に、再臨主による千年王国と新天新地の預言が実現されていたでしょう。
 
 

第2節 第二の真の父母を中心とする摂理(1960~2012年):「7~8章」

 

(1)「氏族メシヤ家庭教会時代」-祝福家庭誕生の預言(7章)

 わたしは印をおされた者の数を聞いたが、イスラエルの子らのすべての部族のうち、印をおされた者は十四万四千人であった。(7章4節)
 
 
この「印をおされた者」について語られた文鮮明先生のみ言を見てみましょう。
 
 14万4000人に入っていく者は誰でしょうか? イエス様の印だけではいけません。皆さんは、新郎であるイエス様が新婦だと呼んでも、父が祝福されなければならないのです。ですから、皆さんは、神様が手をあげて、この者はエデンの園で堕落していない永遠の人類の主人公だと祝福される人になってこそ、14万4000人の群れに入っていくことができるのです。(『文鮮明先生御言選集』3-272 1958.1.12)
 
 
このみ言から「印をおされた者」とは、神様の祝福を受けた人たちのことであり、7章で預言されている「14万4000人」は、真の父母を通して神様から祝福された統一教会の「祝福家庭」を意味しています。
 
統一教会の祝福結婚式は、1960年4月11日に行われた第二の真の父母様の「聖婚式」のあと、同年4月16日の3双合同祝福結婚式から始まりました。
 
その祝福結婚式を通して、数多くの聖徒たちが原罪を清算し、血統転換をして霊肉共の救いの恩恵を受けました。

そして、「14万4000人」について預言されている7章4節の直前には次のような聖句があります

 また、もうひとりの御使が、生ける神の印を持って、日の出る方から上って来るのを見た。(7章2節)

 

ここに記録された「日の出る方」について、『原理講論』では次のように説明し、イエス様が東方の国に再臨されるとしています。

 ところで、その七章2節から3節を見ると、日の出る方、すなわち東の方から天使が上ってきて、最後の審判において選ばれた者に印を押したが、その印を押された者の数が十四万四千だと言った。
 そして黙示録一四章1節には、その十四万四千の群れと共に小羊、すなわちイエスがおられたと書かれている。我々はこれらの聖句から推測して、イエスは日の出る方、すなわち東方の国に誕生なさって、そこでまず選ばれた十四万四千の群れの額に、小羊と父の印を押されるということを(黙一四・1)知ることができる。(『原理講論』p585~6)

 

このことから、この時代に小羊と父の印を押される14万4000人、すなわち「祝福家庭」は、東方の国である韓国と日本を中心に召命されることが預言されていると見ることができます。

(2)「天宙平和統一王国時代」-「千年王国」の始まりと再臨主の苦難と十字架の預言(8章)

①「神様王権即位式」と「千年王国」の始まり
 
第1次天宙的カナン復帰路程(1920~1960)を蕩減復帰する「氏族メシヤ家庭教会時代」(1960~2000)の40年路程を経て、2001年1月13日に「神様王権即位式」が行われました。
 
このことについて、文鮮明先生は次のように語られています。
 
 2000年が過ぎ、3000年が始まる初日を迎えて、2001年を迎える時に、先生が2001年1月13日に何をしたのかというと、神様王権樹立、13数をさがし立てた、ということです。13数をさがし立てて神様の王権をおささげしたのです。(『文鮮明先生御言選集』430-104 2004.1.1)

 

 死んでいたイエス様の体を、真の父母が初めて実体的基準で取り戻し、再びこの実体的基準に霊的基準を連結させたのが、今回の3000年に向かう出発と、聖書歴史7000年が出発する、2001年の1月13日に行われた「神様王権即位式」なのです。(『文鮮明先生御言選集』346-227 2001.7.1)

 
 
このように文鮮明先生は、「3000年」あるいは「聖書歴史7000年」の出発点が「神様王権即位式」であると語られました。
 
これは、2001年から『ヨハネの黙示録』で預言された「千年王国」が始まったことを意味しています。
 
 
②再臨主の苦難の預言
 
 小羊が第七の封印を解いた時、半時間ばかり天に静けさがあった。(8章1節)
 
8章の最初の聖句にある「半時間ばかりの天の静けさ」とは何を意味しているのでしょうか?
 
8章の冒頭にあるので、2001年から数年以内の出来事と考えることができますが、文鮮明先生のみ言には次のようなものがあります。
 
 今年(2003年)3月16日に、先生は病院に入院したのです。(『文鮮明先生御言選集』414-211 2003.8.1)

 

 私が入院して、生死の境をさ迷うときがあったというのです。(『文鮮明先生御言選集』421-136 2003.10.16)

 
 
 
このみ言を見ると、文鮮明先生は2003年3月16日に入院され、生死の境をさ迷うところまでいかれたということになっています。
 
その後、いつ退院されたのかは不明ですが、公的な活動を再開されるのは翌々月の5月になってからです。
 
『文鮮明先生御言選集』を見ても、2003年4月だけはみ言の記録が一つもなく、「統一教会史」にも2003年4月には公式行事の記録がまったくありません。
 
成約時代の再臨主を中心とする復帰摂理において、2003年4月は正に「空白の1ヵ月間」です。
 
このことから、8章1節の「半時間(30分間)の天の静けさ」とは、この「空白の1ヵ月間(30日間)」を意味していると考えることができます。
 
この時期(2002年~2004年)、真の家庭では、後継者に最も近いと思われていた三男の文顕進様が訓読会を欠席するようになり、その後、一旦は復帰されるも、最終的には文鮮明先生の下を離れていきます。
 
一方、外的な世界では、文鮮明先生が入院された4日後の2003年3月20日に、アメリカを主体とする有志連合がイラクに侵攻して「イラク戦争」が始まっています。
 
その後、アメリカ軍がイラクから完全撤収し、「イラク戦争」が正式に終結したのは2011年12月14日です。
 
そして、「イラク戦争」が終決した年の翌年、2012年9月3日、文鮮明先生が聖和されたのです。
 
 
③再臨主の十字架の預言
 
 また、わたしが見ていると、一羽のわしが中空を飛び、大きな声でこう言うのを聞いた、「ああ、わざわいだ、わざわいだ、地に住む人々は、わざわいだ。なお三人の御使がラッパを吹き鳴らそうとしている」。(8章13節)
 
 
第1章で解説したように、この8章13節が文鮮明先生が聖和されることの預言です。
 
そして、アメリカの国鳥であるわしが3度「わざわい」と叫び、その後、第五、第六、第七のラッパによるわざわいが起こることを預言しています。
 
文鮮明先生が聖和されたのは、韓鶴子女史の背信と祝福家庭が氏族メシヤの責任を果たせなかったことによる“再臨主の十字架”です。
 
ですから、再臨主を十字架にかけたことによって、人類は再び荒野で蕩減路程を歩むようになることをこの聖句は預言しているのです。
 
しかし、文鮮明先生は、霊的に堕落したエバに逆主管されて肉的に堕落してしまったアダムの立場を蕩減復帰され、第三のアダムとして完全に勝利されました。
 
アダムは930歳で亡くなりましたが(創世記5章5節)、文鮮明先生は93歳(数え)で聖和されるまで、生涯にわたってアダムの位置を離れることがありませんでした。
 
そして、第三アダムとして果たすべき責任をすべて全うされ、み言と天の真の血統を私たちに残してくださいました。
 
そのような天宙的な恩恵により、私たちが歩まなければならない蕩減路程の期間が大きく短縮されたのです。
 
ここで2012年8月13日、文鮮明先生が地上で最後にされた祈祷の一部をご紹介します。
 
 今は、精誠を捧げてすべての生を終了する時間を迎え、堕落のなかった本然のエデンの園に帰り、エバが過ちを犯し、アダムが引っかかった責任分担を、すべて超越できるようになりました。(中略)そのためにあらゆることを、すべて成し遂げました。すべて成し遂げました。アーヂュ。(2012年8月13日)
 
この最後にされた祈祷の日付(8月13日)と、聖句の章と節の数字(8章13節)が一致していることも、預言の一つと言えるでしょう。
 

(3)第2次天宙的カナン復帰路程の結果

文鮮明先生は、実体的な天一国創建のための12年路程を制定され、2013年1月13日を実体的天一国の出発となる「基元節」とされたのですが、その「基元節」について次のように語られています。
 
 私たちが今、最後の標的としているのが2013年1月13日です。その2013年と言えば3000年を意味します。3000年1月13日です。(『文鮮明先生御言選集』608-160 2009.2.26)
 
 
このように、2013年1月13日の「基元節」が勝利していれば、『ヨハネの黙示録』の預言は8章から19章の小羊の婚宴、20章の千年王国、21章の新しい天と新しい地の預言へと進んでいたはずです。
 
そして、文鮮明先生は「千年王国とは世界的な復活圏を意味する」(『文鮮明先生御言選集』20-330 1968.7.14)と語られています。
 
ですから、「基元節」を基点として、全世界の人類が神様の主管圏に入って復活し、新しい天と新しい地で安息する道が開かれるようになっていました。
 
ところが、真の母であった韓鶴子女史の背信と祝福家庭たちの責任分担不履行により、「基元節」は「偽りの基元節」となり、第2次天宙的カナン復帰路程が第3次天宙的カナン復帰路程へと延長されてしまったのです。
 
 
 

第3節 第三の真の父母を中心とする摂理(2013~22年):「9~18章」

 

(1)「天地王権分立時代」-真のアベル・カイン一体化の預言(9章~11章)

①「聖和式」から「偽りの基元節」までの預言(9章)
 
 その煙の中から、いなごが地上に出てきたが、地のさそりが持っているような力が、彼らに与えられた。
 彼らは、地の草やすべての青草、またすべての木をそこなってはならないが、額に神の印がない人たちには害を加えてもよいと、言い渡された。
 彼らは、人間を殺すことはしないで、五か月のあいだ苦しめることだけが許された。彼らの与える苦痛は、人がさそりにさされる時のような苦痛であった。(9章3~5節)
 
 
第1章で解説したように、この「五か月のあいだ」とは、「聖和式」(2012.9.15)から「偽りの基元節」(2013.2.22)までの約5ヵ月間を意味しています。
 
 その上、さそりのような尾と針とを持っている。その尾には、五か月のあいだ人間をそこなう力がある。彼らは、底知れぬ所の使を王にいただいており、その名をヘブル語でアバドンと言い、ギリシヤ語ではアポルオンと言う。(9章10~11節)
 
 
「アバドン」や「アポルオン」とは破壊を意味し、韓鶴子女史が「神様」を「天の父母様」、「成約時代」を「天一国時代」に改変して『家庭盟誓』を破壊することの預言です。
 
 これらの災害で殺されずに残った人々は、自分の手で造ったものについて、悔い改めようとせず、また悪霊のたぐいや、金・銀・銅・石・木で造られ、見ることも聞くことも歩くこともできない偶像を礼拝して、やめようともしなかった。また、彼らは、その犯した殺人や、まじないや、不品行や、盗みを悔い改めようとしなかった。(9章20~21節)
 
破壊された『家庭盟誓』を受け入れ、偽りの神を崇拝して霊的姦淫に陥りながらも、悔い改めない祝福家庭たちのことを預言しています。
 
 
②説教「沈黙を破って」の預言(10章)
 
 わたしは、もうひとりの強い御使が、雲に包まれて、天から降りて来るのを見た。その頭に、にじをいただき、その顔は太陽のようで、その足は火の柱のようであった。彼は、開かれた小さな巻物を手に持っていた。そして、右足を海の上に、左足を地の上に踏みおろして、ししがほえるように大声で叫んだ。(10章1~3節)
 
 
「もうひとりの強い御使」とは文亨進二代王様のことであり、「大声で叫んだ」とは、2015年1月18日の「沈黙を破って」の説教を預言しています。
 
 もう時がない。第七の御使が吹き鳴らすラッパの音がする時には、神がその僕、預言者たちにお告げになったとおり、神の奥義は成就される。(10章6~7節)
 
 
「もう時がない」の箇所は新改訳では「もはや時が延ばされることはない」となっています。
 
これは、天宙的カナン復帰路程が3次目の延長路程に入り、これ以上の延長はなく、必ずみ旨が成就することを預言しています。
 
 そこで、わたしはその御使のもとに行って、「その小さな巻物を下さい」と言った。すると、彼は言った、「取って、それを食べてしまいなさい。あなたの腹には苦いが、口には蜜のように甘い」。
 わたしは御使の手からその小さな巻物を受け取って食べてしまった。すると、わたしの口には蜜のように甘かったが、それを食べたら、腹が苦くなった。(10章9~10節)
 
 
「小さな巻物」とは、これまで語られたことのない新しいみ言であり、文亨進二代王様によってもたらされる『天一国憲法』のことを意味しています。
 
そして、「口には甘く、腹には苦い」というのは、聞くときは心地よいが、それを実際に行い、また成就されるまでには大変な苦難があることの預言です。
 
 
③真のアベル・カインの預言(11章)
 
 聖所の外の庭はそのままにしておきなさい。それを測ってはならない。そこは異邦人に与えられた所だから。彼らは、四十二か月の間この聖なる都を踏みにじるであろう。 そしてわたしは、わたしのふたりの証人に、荒布を着て、千二百六十日のあいだ預言することを許そう彼らは、全地の主のみまえに立っている二本のオリブの木、また、二つの燭台である。(11章2~4節)
 
 
第1章でも紹介しましたが、この聖句についての文鮮明先生のみ言をもう一度紹介します。
 
 『ヨハネの黙示録』の11章では、「二本のオリブの木」について預言しています。これは何を意味するのでしょうか? 世界的なカナン復帰の路程を出発するに先立ち、ヨシュアとカレブのような存在が現われることを預言しているのです。(『文鮮明先生御言選集』2-291 1957.6.23)
 
 
成約時代におけるヨシュアとカレブとは、文亨進二代王様と文国進様のことです。
 
 そして、彼らがそのあかしを終えると、底知れぬ所からのぼって来る獣が、彼らと戦って打ち勝ち、彼らを殺す。彼らの死体はソドムや、エジプトにたとえられている大いなる都の大通りにさらされる。(11章7~8節)
 
 
これは、韓鶴子女史により、文亨進二代王様が家庭連合の世界会長の立場を解任され、文国進様が統一財団理事長の立場を解任されて荒野に追われることの預言です。
 
 彼らの主も、この都で十字架につけられたのである。(11章8節)
 
 
「彼らの主」とは文鮮明先生のことであり、「この都」とは清平のことで、この聖句は、そこで文鮮明先生が聖和されたことを意味しています。
 
 地に住む人々は、彼らのことで喜び楽しみ、互に贈り物をしあう。このふたりの預言者は、地に住む者たちを悩ましたからである。(11章10節)
 
この聖句は、家庭連合の人たちが文亨進二代王様と文国進様が解任されたことを喜ぶことの預言です。
 
 三日半の後、いのちの息が、神から出て彼らの中にはいり、そして、彼らが立ち上がったので、それを見た人々は非常な恐怖に襲われた。(11章11節)
 
この聖句は、2015年1月18日の説教「沈黙を破って」から始まる文亨進二代王様の家庭連合への断罪に対して、家庭連合の人たちが恐れることの預言です。
 

(2)「真の母捕虜及び帰還時代」-第三の真の父母の預言(12章)

 また、大いなるしるしが天に現れた。ひとりの女が太陽を着て、足の下に月を踏み、その頭に十二の星の冠をかぶっていた。(12章1節)
 
「大いなるしるし」とは、「天地人真の父母様天宙完成祝福聖婚式」が行われた2017年9月23日に現われた天体現象のことです。
 
 
「ひとりの女」とは、真の母の立場に立たれた康賢實先生のことを意味します。
 
 女は男の子を産んだが、彼は鉄のつえをもってすべての国民を治めるべき者である。(12章5節)
 
 
これは文亨進二代王様のことを意味し、『ヨハネの黙示録』には他に「鉄のつえ」が2ヶ所記録されています。
 
 彼は鉄のつえをもって、ちょうど土の器を砕くように、彼らを治めるであろう。(2章27節)

 彼は、鉄のつえをもって諸国民を治め、また、全能者なる神の激しい怒りの酒ぶねを踏む。(19章15節)

 
 
最初は2章27節で、これは再臨主である文鮮明先生を意味し、もう1カ所は19章15節で、これは文信俊三代王様を意味しています。
 
 女は荒野へ逃げて行った。そこには、彼女が千二百六十日のあいだ養われるように、神の用意された場所があった。(12章6節)

 しかし、女は自分の場所である荒野に飛んで行くために、大きなわしの二つの翼を与えられた。そしてそこでへびからのがれて、一年、二年、また、半年の間、養われることになっていた。(12章14節)

 
 
「わし」はアメリカの国鳥であり、荒野とは、文亨進二代王様と文国進様がいらっしゃるペンシルベニアの地を意味します。
 
真の母となられる康賢實先生が韓国からペンシルベニアにいらっしゃる天の三大王権に戻られることの預言です。
 
 さて、天では戦いが起った。ミカエルとその御使たちとが、龍と戦ったのである。龍もその使たちも応戦したが、勝てなかった。そして、もはや天には彼らのおる所がなくなった。この巨大な龍、すなわち、悪魔とか、サタンとか呼ばれ、全世界を惑わす年を経たへびは、地に投げ落され、その使たちも、もろともに投げ落された。(12章7~9節)

 それゆえに、天とその中に住む者たちよ、大いに喜べ。しかし、地と海よ、おまえたちはわざわいである。悪魔が、自分の時が短いのを知り、激しい怒りをもって、おまえたちのところに下ってきたからである。(12章12節)

 
 
真の母を迎えて真の父母の立場に復帰された文鮮明先生によって霊界が統一され、サタン勢力が天上から一掃されることの預言です。
 
また、同時に、天上から一掃されたサタン勢力が地上に来て、最後の発悪をするようになるため、地上では激しい終末現象が起こるようになることの預言です。

そのため、そのあとの17節には次のように預言されています。

 龍は、女に対して怒りを発し、女の残りの子ら、すなわち、神の戒めを守り、イエスのあかしを持っている者たちに対して、戦いをいどむために、出て行った。(12章17節)

 

この節にある「女の残りの子ら」について『原理講論』ではこのように説明されています。

 黙示録一二章17節に記録されている「女の残りの子ら」というのも、その次に記録されているように、イエスを信ずることによって、その証をもっている者たちであり、神の養子としての位置に(ロマ八・23)立っている信徒たちを意味するのである。(『原理講論』p573)

 

「女の残りの子ら」とは、神様とイエス様に従う信徒たちですから、サタン勢力は、彼らに対して最後の闘いを挑むというわけです。

つまり、「天地人真の父母様天宙完成祝福聖婚式」が行われた2017年9月23日以降、サタン勢力による神側の聖徒を中心とする全人類に対する攻撃が本格的に始まることが預言されているのです。

 

(3)「三大王権完成準備時代」-韓鶴子女史と清平に対する審判の預言(13章~18章)

①聖書と13章以降の構成について
 
聖書の七数概念で解説したように、縦的な六数の基台の上で七段階目が横的に展開するのですが、福音書や黙示録の章構成もそのような形式で記録されています。
 
福音書の場合、イエス様の聖誕から公生涯前までのエピソードはおおまかに記録されていますが、公生涯から十字架、そして復活までのエピソードについては詳細に記録されています。
 
『ヨハネの黙示録』を「成約時代の摂理的同時性」の観点から見たときも同様で、天の三大王権の完成を迎える終末期(「三大王権完成準備時代」2018~22年)については、6章をさいて詳細に預言されています。
 
本書の執筆は2020年末ですから、「三大王権完成準備時代」(2018~22年)の中間時期なので、『ヨハネの黙示録』は、これから起こることについて詳細に預言されているということです。
 
具体的には、13章までが2020年末までの預言、14章からが2020年末からそれ以降の預言となります。
 
 
②地上の罪が天に達することの預言(13章)
 
 わたしはまた、一匹の獣が海から上って来るのを見た。それには角が十本、頭が七つあり、それらの角には十の冠があって、頭には神を汚す名がついていた。
 わたしの見たこの獣はひょうに似ており、その足はくまの足のようで、その口はししの口のようであった。龍は自分の力と位と大いなる権威とを、この獣に与えた。(中略)
 この獣には、また、大言を吐き汚しごとを語る口が与えられ、四十二か月のあいだ活動する権威が与えられた。そこで、彼は口を開いて神を汚し、神の御名と、その幕屋、すなわち、天に住む者たちとを汚した。(13章1~6節)
 
 
新約時代の宗教改革者たちは、『ヨハネの黙示録』13章に出てくる「獣」をローマ教皇のことであるとし、ローマ教皇を反キリストであると主張しました。
 
新約時代のローマ教皇は新婦圏(キリスト教徒)の代表者であることから、「成約時代の摂理的同時性」では、成約時代においては真の母がローマ教皇の立場であるとしています。
 
したがって、13章の冒頭に出てくる「獣」は韓鶴子女史のことを意味し、偽りの言葉によってあらゆるものを汚すことが預言されています。
 
また、『ヨハネの黙示録』の12章には、サタンを象徴する赤い龍の尾が「天の星の三分の一を掃き寄せ、それらを地に投げ落した」(12章3~4節)とあります。
 
韓鶴子女史は、「私の願いは、人類の3分の1くらいは天の父母様を知るようにすることです」(2020年6月1日 孝情宴オープン記念式) と語り、地の3分の1の人たちを掃き寄せようとしています。
 
 わたしはまた、ほかの獣が地から上って来るのを見た。それには小羊のような角が二つあって、龍のように物を言った。そして、先の獣の持つすべての権力をその前で働かせた。また、地と地に住む人々に、致命的な傷がいやされた先の獣を拝ませた。(13章11~12節)
 
 
韓鶴子女史は、2020年5月8日の「天の父母様聖会宣布」にて、側近の尹鍈鎬(ユン・ヨンホ)氏を世界宣教本部長に任命しました。
 
地の人々に先の獣を拝ませる「ほかの獣」とは、この尹鍈鎬氏のことであり、韓鶴子女史の代理として教会組織の全権を掌握することが預言されています。
 
 さらに、先の獣の前で行うのを許されたしるしで、地に住む人々を惑わし、かつ、つるぎの傷を受けてもなお生きている先の獣の像を造ることを、地に住む人々に命じた。それから、その獣の像に息を吹き込んで、その獣の像が物を言うことさえできるようにし、また、その獣の像を拝まない者をみな殺させた。(13章14~15節)
 
 
この「獣の像」とは、2020年9月28日に除幕式が行われて公開された韓鶴子女史の白い彫刻像のことを意味します。
 
尹鍈鎬氏の主導により、韓鶴子女史の彫刻像がつくられ、すべて聖徒たちにそれを崇拝させることが預言されています。
 
以上のことから、13章までの預言が実際に起きていることが分かります。
 
14章以降は、現在進行中もしくは今後、2022年から23年までに起こることの預言です。
 
 
③「14万4000人」を中心とする王冠摂理の預言(14章)
 
 なお、わたしが見ていると、見よ、小羊がシオンの山に立っていた。また、十四万四千の人々が小羊と共におり、その額に小羊の名とその父の名とが書かれていた。(14章1節)
 
 
文亨進二代王様は、この聖句について次のように語られています。
 
 黙示録の14章に「十四万四千の人々が小羊と共におり、その額に小羊の名とその父の名とが書かれていた」とありますが、なぜ王冠の摂理がそれほど重要なのでしょうか。
 獣の印は悪魔の名前か数字、または印を額か右手に書いたものだとあります。王冠の摂理は私たちを王の王につなぐものです。ですから王冠の摂理はとても重要です。(2017年4月2日)
 
 

このみ言から14章の「14万4000人」は、王冠摂理に同参した聖徒たちで、その額に書かれた小羊の名とは文亨進二代王の名、その父の名とは真の父であられる文鮮明先生のことであることが分かります。

上述したように、7章に預言されている「14万4000人」は、東方を中心として召命された聖徒たちでした。

しかし、彼らを中心とする第2次天宙的カナン復帰路程は延長し、また第1次天宙的カナン復帰路程で失敗したキリスト教は、「14万4000双聖職者祝福結婚式」(2002年4月27日)の勝利圏によってその失敗を蕩減復帰した立場に立っています。

このことから、14章の「14万4000人」として召命される聖徒たちは、不信しなかった一部の東方の聖徒たちと西洋のキリスト教信徒たちが中心になると見ることができます。

 
 彼らは、御座の前、四つの生き物と長老たちとの前で、新しい歌を歌った。この歌は、地からあがなわれた十四万四千人のほかは、だれも学ぶことができなかった。彼らは、女にふれたことのない者である。彼らは、純潔な者である。(14章2~4節)
 
 
キリスト教では偶像崇拝を霊的姦淫とみなし、最も戒めるべきこととしています。
 
「純潔な者」とは、韓鶴子女史が崇拝する偽りの神を崇拝しなかった聖徒たちを意味し、真の神様に侍り霊的な純潔を守った聖徒たちのことです。
 
 
④韓鶴子女史と清平に対する審判の預言(15~18章)
 
15章から18章にかけては、韓鶴子女史と清平に対する審判とその崩壊について預言されているのですが、その最終的な場面の預言を見てみましょう。
 
 わたしはまた、もうひとつの声が天から出るのを聞いた、「わたしの民よ。彼女から離れ去って、その罪にあずからないようにし、その災害に巻き込まれないようにせよ。彼女の罪は積り積って天に達しており、神はその不義の行いを覚えておられる。
 彼女がしたとおりに彼女にし返し、そのしわざに応じて二倍に報復をし、彼女が混ぜて入れた杯の中に、その倍の量を、入れてやれ。彼女が自ら高ぶり、ぜいたくをほしいままにしたので、それに対して、同じほどの苦しみと悲しみとを味わわせてやれ。
 彼女は心の中で『わたしは女王の位についている者であって、やもめではないのだから、悲しみを知らない』と言っている。それゆえ、さまざまの災害が、死と悲しみとききんとが、一日のうちに彼女を襲い、そして、彼女は火で焼かれてしまう。(18章4~8節)
 
 
このように最後の審判が一度に押し寄せてくることが預言されており、その結果についても次のように預言されています。
 
 彼女と姦淫を行い、ぜいたくをほしいままにしていた地の王たちは、彼女が焼かれる火の煙を見て、彼女のために胸を打って泣き悲しみ、彼女の苦しみに恐れをいだき、遠くに立って言うであろう、『ああ、わざわいだ、大いなる都、不落の都、バビロンは、わざわいだ。おまえに対するさばきは、一瞬にしてきた』。また、地の商人たちも彼女のために泣き悲しむ。もはや、彼らの商品を買う者が、ひとりもないからである。(18章9~11節)
 
 
第2章で第七の教会のラオデキヤ教会へのメッセージ(3章14節~21節)は、成約時代全体へのメッセージとお伝えしましたが、そのメッセージに次のような聖句があります。
 
 そこで、あなたに勧める。富む者となるために、わたしから火で精錬された金を買い、また、あなたの裸の恥をさらさないため身に着けるように、白い衣を買いなさい。また、見えるようになるため、目にぬる目薬を買いなさい。(3章18節)
 
 
このメッセージにある「買う」とは、物質的なものではなく、真の愛やみ言、恩恵など、私たちにとって霊的に必要なものを、代価(精誠条件や蕩減条件)を払って買い求めなさいということです。
 
そして、終末になると、神を語る偽りの者たちが横行するので、買い求めるときに、その相手を間違ってはいけないことを警告しています。
 
ですから、18章11節の「彼らの商品を買う者が、ひとりもない」というのは、最後の審判がなされると、もう彼らの商品(偽りのみ言と偽りの救い、偽りの恩恵)を誰も求めなくなることを預言しているのです。
 
 
⑤天の三大王権完成の預言(19~22章)
 
 わたしはまた、大群衆の声、多くの水の音、また激しい雷鳴のようなものを聞いた。それはこう言った、「ハレルヤ、全能者にして主なるわれらの神は、王なる支配者であられる。わたしたちは喜び楽しみ、神をあがめまつろう。小羊の婚姻の時がきて、花嫁はその用意をしたからである。(19章6~7節)
 
 
19章の「小羊の婚宴」は、三代王である文信俊様の聖婚式を意味し、そこで天の三大王権が完成することになります。
 
そして、20章の千年王国、21章の新しい天と新しい地が顕現し、神様のみ旨が成就されていくのです。
 
 
~後編③につづく~
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